死んだ魚のような瞳が、ひどく印象的だった。
まるで自分を映す鏡のようで。

「珍しいですね、こんな時期に移動なんて」
夜勤明けの頭が若干お留守になりそうなこの早朝という時間、今日の当直はホークアイとロイ。
そして見事に残業でこの時間まで残っているのはハボック。
「左遷だろ左遷」
トントンとシガーボックスを叩いて煙草を取り出すハボックの言葉に、ロイは視線もあげずに答える。
「左遷は左遷だが、ちょっと訳ありの左遷らしい。」
ヒューズが言っていたと付け加え、欠伸を噛み殺しつつ立ち上がる。
そんなロイに中尉が「おかわり、入れますか?」と問えば、いや、仮眠だと言い残して部屋を去った。
夜行列車に身を委ねて、がたんごとんと揺れるその心地よい揺れにがうとうととし始めたのは朝方のこと。
行儀が悪いのは承知で、向かいの座席に足を乗せて体を横にする。
寝なければ、明日がもたないということはわかっているのに心なしか興奮しているのだろうか。
目を閉じ窓に頭を預けると、カタンという音がどこからか聞こえる。
ただ何かが落ちる音だということはわかったけれど、どうも嫌な予感がした。
「なに?」
そしてそんな予感というのはどうしてこうも的中するのだろうか。
ドゴォォン と表現するには物足りない爆音、そして人の悲鳴。
「あと三十分くらいで着くのに、何で今更・・・」
どうせなら駅でドカーンとやってくれたほうが、軍部が処理してくれて楽なのに。
こんな着きそうで着かない中途半端な場所でやるなんて。
ざわざわと周りの乗客が騒ぎ始め、パニックに陥る者もちらほら。
私は寝たフリを決め込むことにした、とりあえずは状況を把握しないと動くつもりもない。
すると私の乗る車両の扉が乱暴に開き、銃を構えた男が3人入ってきた。
パニックに陥っていたものも、恐怖のあまりに言葉にならないのかかえって静かになってよかった。
無駄に騒いで撃たれるのなんて、見たいとは思わない。
「この列車は我々が占拠した」
そんな彼らの科白に、一言言わずにはいられなかった。
「遅延証明ください。初出勤で遅刻とか首んなったらどうするんですかー、」
暢気な言葉に、場が瞬時に凍るのを感じたそれが少し可笑しくて笑ってしまった。
こんなときでさえ冷静でいられる自分は明らかに庶民ではないし、人間の持ち合わす精神も生憎持っていない。
人間ならばこんな時、がたがたと怯えるのだろうきっと。 そうなりたい、なんて考え馬鹿かな。
人になりたい。
同時刻、東邦司令部は慌しくなっていた。
夜行列車がジャックされたという知らせが入り、夜勤組のロイとホークアイ、そして残業を終えたばかりのハボックが相乗りする車。
そこに早番で出勤途中のブレダとすれ違い、彼も拾って駅へ向かう。
「初出勤が遅刻とはいい度胸だな」
口の端だけを持ち上げて笑うロイに、面々は苦笑する。
今日から東邦司令部にやってくる「」という人物が乗客者リストにあったのを見て、まるでエルリック兄弟みたいだなと思った。
彼らもいつだかこんなことがあった、似てるんだか何なんだか。
「彼女の腕っ節はわかりませんが、着く頃には片付いているのでは?」
そんなに有名なテロリストでもないし、この程度のテロを片付けられないような人間ははっきりいって無能。
雨の日のロイをはるかに越える無能だとホークアイは言う。
しかしロイは、どうもヒューズの「お前に似てる」という言葉が頭にひっかかっていた。
もし自分がこんな立場になった場合、どうするだろう。
戦う。 これは攻撃をしかけられればの話。
ならば簡単な話、静観。というか、こんな雑魚相手に力を振るうのでさえ面倒臭い。
想像すればするほど自分に嫌気がさしそうだったので中断した。
そして自分の思考のひっかかりが正しければ、きっと事態は片付いていない。
溜息をひとつ吐いたところで、車がききっと音を立てて止まった。
「あれですね」
「あれだな」
「なんだありゃ」
「つきつけられてますよ、銃」
中尉、ロイ、ハボック、ブレダ、口々に目の前の状況を繰り返す。
何も進展しない会話、つまり現状に開いた口が塞がらないだけのただの発言。
目の前にはテロリストと思われる集団総勢30名に一人取り囲まれ、全員に銃口を向けられている一人の女。
それのどこが異様かというと、その女が全く怯えた様子もない所。 それどころか、笑っている。
「とんでもないのが来たな」
この状況を一人で易々と打開できるだけの余裕だと、そうロイ達が勝手に判断して車を降りる。
すると軍部の人間が来たと一気に辺りがざわつくのがわかった。
にむけられた拳銃を誤って暴発でもされたらたまったもんじゃないなと思うけれど、当の本人は未だに笑っている。
「はじめまして、・です。遅刻です。」
にこりと微笑む彼女の瞳に違和感を覚えたのは、自分だけだろうか。
こんな色の瞳はここらでは珍しい、というか見たことがない。そして彼女が被っているグレーのニット帽からちらりと覗くその髪色。
それは染めているのか、銀灰色をしていた。
「ようこそ東邦司令部へ。早速だがペナルティ、残業だ。」
「ええーーーー」
「大佐、話してる場合ですか」
中尉の一言で、ああそういえばと視線をテロリストの集団へとくれる。
一人一人見なくても、この集団にリーダーなどいないことがわかる。だからバラバラに好き勝手に行動をする。
よって、極めて弱い。しかし、暴走するものもでてくるのは事実。
「しかし、これ如きを倒せもしなかったのかね」
「如きっ・・・のれ」
おや、これはまずいことを言ったかなと笑うロイ。全く慌てた様子もないし、焦ってもいない。
そんな態度が益々彼らの腹をふつふつとさせていることなど百も承知でやっているのだろう、根性の悪い男だなと思った。
そして、この余裕をかます態度がどこか自分に似ていて、ヒューズの言葉の意味が僅かばかりわかる。
「生憎錬金術も未だに勉強中で、武器もこれといってなかったので」
そう言いながらも顔には笑みが張り付いていて、まだ何かあるのだなと伺えた。
まあはったりの可能性もあるが、それならよほどのつわものだろう。
「おい、聞いてんのか」
テロリストの言葉など、もはやどうでもいい。寧ろそれを利用して彼女の力を試してみたかった。
「何だ、錬金術も使えないのか。」
「残念ながら。お力になれず申し訳ありませんが」
「おい、聞け」
「聞けって、」
「無視すんなよ」
完全に無視をきめこんでいるとロイに、次第に苛々が募っていくテロリスト。
カチャリカチャリと銃を鳴らしはじめた時、ホークアイも安全装置を外した。
それを制すのはハボック、そして頷くブレダ。ここは出る幕ではないということだろう。
「無視すんなっつってんだろ」
遂に切れた。とでも言うのだろうか。
一人が切れると連鎖反応のように周りもこぞって銃口をぐりぐりとへ押し付ける。
あきらかに有利なその状況におかれても笑っているに、ロイもしびれを切らしかけた。
「打開できるから笑っているのだろう?」
「いや、焔の錬金術師が出てこられたからには私がどんな状況になろうと助けてくれるくらいの力は持ってるんだろうなと思って、」
他人任せ。の大好きな言葉だということを知るのは数日後。
実際こんな状況など一瞬で片付けられるのだけれど、こちらにきてあまり派手なまねはしたくなかった。
過去のことなど、蓋をしないと生きていけそうにないから。
へらへらと笑いながらも、それが虚勢だということくらい自分が一番よくわかっている。
「等価交換だ。残業を追加するかデート一回の代わりに、まあ助けてやってもいいだろう」
正直に言うと、真剣に悩んだ。何故デートしなければならないのかさっぱりわからない。残業も然り。
遅刻だってテロリストのせいだし、こんな状況で助けてくれない人間もどうかと思う。
残業、デート、残業、デートとぶつぶつ呟く。
ガウンガウンガウンガウンッ――――
そんな彼女に向けられた銃口から火が吹いたのと、テロリストの「ふざけやがって」という科白が怒鳴り散らされたのはほぼ同時。
一人が切れると連鎖して、というのは当にこのことで次々とへ向けて発砲される。
慌てて応戦にはいるホークアイ、ハボック、ブレダは確実に一人一人に中ててぱたりぱたりと倒していっているのだけれど、
へ向けて暴発された銃弾は数が数だけに百発弱に及んでいる。
砂埃が立つその場所に、誰もが最悪の場面を想像して目を覆いたくなる。
「あーーーーーーー、怖かった。死んじゃうよ、ありがとうございました皆さん。」
てくてくという擬音が似合いそうなそんな歩き方で近寄ってくるのは、最悪の事態になっているだろうと想像したその人で。
彼女には弾丸一発も当たっていないどころか、掠ってもいなかった。
それどころか、周りに居た男達の肩や足を撃っていた返り血すらついていない。
ぞっとした。
何だこれは、一体。
人は圧倒的な力を目の前にすると、恐怖を抱いて硬直する。
あはは、ほんとすいません。と笑いながら頭を下げるに、目を合わせるのを誰もが戸惑った。
そんな空気に気づかない訳もないは心底動かなくてよかったと胸を撫で下ろす。
後ろから続けてやってきたロイ。彼の軍服には返り血が飛び散っていて、実際弾丸を捻じ曲げたり避けたりしたのはロイだった。
それに気づいた面々は『あ、なんだ勘違いか』という表情を浮かべて慌ててに近寄る。
そんな中でロイだけは薄く笑ったままだった。
「わざとだな」
彼は最初の一発を避けるの動きを間近で見ていた。
その動きを見たたった一瞬でさえわかる、その力が多大だということが。
「ええ、だって助けてくださるって言っていたから」
屈託のない笑みで返すに、やられたなと頭を掻くロイ。
彼女の方が数枚上手だったようで、珍しく丸め込まれた形のロイは苦笑した。
「まあいい、あとは憲兵に任せて戻るぞ。」
中尉以下、皆が敬礼をするのを見習って敬礼をしてみた。
ちょっとだけ、そうちょっとだけだけれど、初めてした敬礼に胸が躍った。
まるで大人の真似をして煙草を吸う仕草をするような、そんな感覚。
心の中には、あのたった一瞬の恐れる瞳が焼きついていた。
アトガキ
どこか暗い影を残すのが趣味です。