支給された軍服に袖を通すと、襟を正して身を引き締める。
鏡で最後の身だしなみをチェックしていて、
言葉を失った。
やりやがったな、あのおっさん。

つかつかと廊下を歩きながら、渡された手書きの簡易な地図をたよりに執務室へ向かう。
とりあえず着き次第電話を借りよう、あのおっさんはたまにとんでもないことをやる。
たとえば私の階級。 肩章には星が二つ、ここはまあ数歩譲って目を瞑るとしても。
その下に敷かれる黄色いラインは四本。
お茶目なジョークにしてはやりすぎだ、はっきりいって権力など無いほうが目立たずによかった。
「ありえない」
歩みを進めながら、ウェーブのゆるくかかった髪を軽く纏めてバレッタで止めた。
しかし少し思案して再び外す。肩章を隠すために。
ほどなくして、の直属の上司となるロイがうけもつ執務室へたどり着く。
ひとつ深呼吸をしトントンとノックをして入るつもりだったけれど、それは肩章を見るまで、
バーーーーーーーーン、
乱暴にドアをあけるのは今日から東邦司令部に異動してきた。
ノックくらいしなさいと怒ろうと皆が顔を上げた瞬間、口を挟めない形相の彼女を見る。
つかつかとロイの執務室であろう扉までバタンと乱暴に開け放つと、ロイが少し驚いたような顔をしてこちらを見ていた。
ぶっちゃけそんなの知ったこちゃない。
「ブラッドレイのおっさんに今すぐ電話、繋いでもらえますか」
この国の大総統をおっさん呼ばわりしたを咎めるものはいなかった。
というかそんなことはできない剣幕で、彼女の笑顔が怖い。
しかし理由も聞かずに繋ぐわけにもいかないし、一番初めに冷静さを取り戻したロイが理由を問う。
冷静さを取り戻した彼に次いでホークアイ、ハボック、ブレダ、ファルマン、フュリーと落ち着いてきた所でも少し落ち着きを取り戻した。
「肩章」
ぼそっと呟いた彼女の言葉を聞き取った彼らは、そういえばといった顔をする。
「階級、聞いてなかったな。」
「前は何だったの?」
その質問に、は僅かに首を傾けた。
私は異動ということになっているのか、と。特に支障はないから簡単に説明する。
「前は軍部のお手伝いしてただけで、軍人でもなかったですね。」
手伝いなんてお茶だし感覚の生温いものではなく、ひたすら邪魔になったものを暗殺していくという仕事だけれど。
そこまで説明するつもりもないし、思い出したくもない。
「で、星はいくつだったんだ?」
彼女の肩を隠す髪の毛はきっと故意的だろうから、ひとつずつ聞き出すブレダ。
「星は二つ」
そんなの言葉に、彼女の驚きようからきっと中尉なんだろうと思った。
の背後にたつロイは彼女の肩に手をかける。するとタイミングよく電話のベルが鳴り響く。
ハラリと髪を前にやったロイにだけは彼女の黄色のラインの数が見えたらしい、「ほお」と面白そうに笑いながら電話をとった。
「これは大総統閣下、はい、はい、」
はロイの挙げた名前に頭を抱えてしゃがみ込む。いつも彼の掌で踊っているような気がしていた。
そして今もまた、きっと電話をかけて怒鳴り込みでもするのだろうとおもって先手を打ったのだろう。
何だかなぁと思いつつもロイに呼ばれて電話を代わる。
とりあえず、ひとつ息を吸って、
「中佐ってどういうことですか」
大声で怒鳴った。きっとそんなことも承知で先に受話器を少し離しているのだろうけど。
そんな言葉に驚いたのはこちらの面々で、フュリーなどは愕然としていた。
「いや、は?え、は?」
大総統に向かって、平然と「は?」とか言っているに呆然とするのはロイも同じ。
東邦司令部一同が完全に呆気に取られていた。
「少将?は?え?意味わかんないですけど」
「ああ、そうですね、少将よりは中佐のほうがいいですね」
「あ、そうですか、気を使ってわざわざ少し階級を下げて下さったんですか、」
「ってアホかあああああ」
再び電話に向かって大声で叫ぶ。
大総統に向かってとうとうアホと言いました。私たちも首になるのではないのでしょうか。
そんな不安が面々を過ぎったのは仕方がない。
「もういいです。もう口聞いてあげませんからね。」
「え?いやならもっと階級下げてください。」
「・・・ならもう口聞きませんよ。さよなら。」
「いやです、待ちません、もう切ります。」
「なんですかそれ、完全に逆切れじゃないですか。いやですよ中将なんて。」
目の前の会話がどこか異次元の会話に思えてくるホークアイ。
横に立つハボックに視線を移すと、唇の近くまで灰になっている煙草。
「わかりました」
少し間があきガチャリと受話器を置いた表情。それはほんの一瞬だった。
背後から見ていたロイにしか見えなかっただろう、唇をかみ締めたそれ。
しかしすぐに元の笑顔に戻ってしまい、見間違いかと疑うようなけろっとした顔をする彼女。
似ていると思った。
まるで自分を見ているようで、その瞳が笑っていない彼女が。
とりあえずその場は見て見ぬふりをして現状を進めることにした。
「で?」
「中佐です。」
溜息とともに返ってくる言葉を聞く限り、彼女の要求はなにひとつ受け入れてもらえなかったのだろう。
ハボックはほぼ灰になった煙草を灰皿にちょんとなげいれ新たな煙草に火をつける。
カチカチとライターを鳴らしているのだけれど、その中身は油が尽きていた。
ちっ、と舌打ちしたハボックにライターをぽいっと投げて渡すは、少し苦笑してからしっかりと顔を上げた。
「と、いうことなので。・、階級はあがいた挙句の中佐です。」
よろしくおねがいします、と頭を下げるにロイを除く面々が敬礼を。
そんな姿を見たが苦笑で返す。
「あまり畏まらないでください、気分は新人下っ端なので。」
軍部暦が一番浅い自分に畏まられても正直困る。
実力主義だということも、その実力があることも重々承知しているけれど。
それでも初日に、何年も軍部にいる人間達から頭を下げられればやはり困るのだ。
「とりあえず、佐官クラスなら執務室を用意しないとじゃないんすか大佐」
何ていう待遇なんだ、と圧倒されそうになりつつもその場は口を出さずに見守ることにした。
口を出そうにも軍のシステムさえ曖昧だから、ここは出る幕じゃない。
「でももう別室はどこにも余っていませんよね」
「どうしますか大佐」
「どうするか?」
会話から完全にフェードアウトしていた私にロイが問いかけてきて、正直に今の気持ちを告げた。
正直すぎるところが玉に傷だとよく言われたのだが、どうでもいい。
「私、仕事わかんないんで全く。」
うわ、すっげー役立たず来たよ的な視線を正面から嫌というほど浴びた。
ははははと乾いた笑いでそれを返す、そんな彼女にロイが助け舟を出す。
「なら私の補佐でもしてくれないか?お茶をいれたり」
「お茶の淹れ方もわかりません、全く」
お水を沸かして茶葉をいれた急須に熱湯を注ぐというその行為、わからないとは。
彼女の育ってきた環境に若干疑問を抱きつつも、彼女の無能っぷりがもろに露呈していた。
呆れなどそんなレベルではなく、寧ろ尊敬の域にたどり着きそうだとひとりホークアイがうんうんと頷く。
「大佐より無能ですね。」
「おいおい、私が無能だなんてそんなこ、」
「無能です。」
目の前で展開する中尉と大佐の逆転劇に、ここの天下は中尉だなと理解する。
というか無能呼ばわりされたのに、微動だにしない彼女に尊敬の念を抱くものが若干増えていた。
無能ですが何か、的な笑みをはりつけたままにこにこしている。
「なら私が一からお教えするので、覚悟していてくださいね中佐。」
ありがたい言葉だけれど、中佐と呼ばれることには抵抗がある。
しかも敬語まで使われるととてつもなく居た堪れない気分になるのも仕方ない。
「ありがとうございます中尉。ですが敬語とその中佐というのやめてもらえませんかね。」
「無理です。貴女は中佐なんです、きちんと認識してください。」
無理だと即答したホークアイのその言葉に、は口の端を僅かにあげる。
成り行きを見守っていたロイは、なるほどなと笑う。
彼女は人の何手も先まで的確な予想をしているのだろう、先ほど自分が何枚か上手をいかれたように。
「中尉、負けだよ。」
ロイはが告げるその前に、中尉にやんわりとそう言った。
そしての表情にまたしても上手にもっていかれたんだということに気づく。
彼女はロイがここでこう言うことも予想の範囲内だったのだろう。
「何がですか」
「はきっと「そうですね、中佐ということを認識しなくては。でしたら命令です、敬語はやめなさい。」と、言うんだろう?」
こちらを満足そうに見るは「どうでしょう?」とはぐらかすけれど、それだけで彼女の頭のキレの良さを伺う。
ここではこんな小さなことだけれど、きっとこれからかなりの功績をのこしてくれるのではないのかと同時に期待した。
いい拾い物をしたなと、そう思った。
するとは大きく息を吸って、人差し指を肩の前あたりに持ってくる。
「ひとつ、みなさんあまりにも丁寧な敬語はなしで。」
続いて指を一本増やして軽く横に振る。
「ふたつ、中佐だけど無能だからここでは中佐とあまり呼ばないで。」
公共の場では呼んでいいということだろう、さすがに他の軍人の前でそういうわけにもいかないから。
「そしてみっつ、ロイ・マスタングから私を守って。」
「は?」
「って言えってヒューズが言ってた。」
「どういう意味だ?」
彼女はヒューズに何を聞いてきたのだろうか、あまりいい予想はできない。
「マスタングと瞳が合ったら妊娠するから、って。」
一気に脱力したロイ。
「あながち間違ってないわね、こっちにいらっしゃい。孕むわよ。」
「だな、ほらこいこいこっち。孕むぞ。」
追い討ちをかけるホークアイとハボック。
なんだか上手くやっていけそうだなと思うは笑いながら中尉の肩に隠れた。
それをブレダとファルマンが匿うようにして、フュリーが和やかな笑いを漏らす。
そしてロイもまた笑っていた、苦笑いではあったけれど。
・、階級は中佐。仕事ができないというかしたことが無い、それどころか茶も淹れれない。
とんでもないのが飛ばされてきたもんだと、そう心中笑った。
案外楽しいかもしれない、そう思う。
そして、能ある鷹は爪を隠すというもんだと笑った。
アトガキ
ロイさん、だんだんでしゃばってきます。