言い過ぎた、絶対言い過ぎた。
別に彼に対しての感情ではない、全てが。それは自分に向けるもの。
ただ自分へ対して苛々とした感情が急激に募った、きっかけは彼であったとしても対象は自分。
それをロイにぶちまけるように捲くし立てて出て行った。
寝室の前で後悔の渦に飲み込まれそうになるのを必死に踏みとどまった。

「泣かしたか?」
冷静な頭を取り戻したロイ。
自分の懺悔に完全に巻き込んだが叫ぶようにして出て行ってからというものの、後悔してもしきれない。
「泣いてません。」
てっきり出て行ったと思っていたは、気まずそうにいそいそと部屋へ戻ってくる。
こんな時間に薬など売っていないし、まして彼女は極度の金欠女。
「すまなかったな。」
そんな言葉をかけ余裕の笑みをみせるロイ。
それを見る限り、彼はすっきりしたのだろう。まあいいかと、肩をすくめる。
それに、弱音を吐くロイがあまりにも普段とギャップがあって、
まるで自分にしか見せない顔のようで少し心地よかった。
こんなことを言ったらでれっとした顔をされかねないから、言わないけれど。
「いえ、私も言い過ぎました。」
自分のことのように感じてしまったので、とは言わなかった。
いや、言えなかったのか。
思ったより、私の壁は分厚いんだなと実感する。
「お詫びに、教師になってやろう?」
教師、というからには彼が私より秀でた分野。
つまり、錬金術だろう。
「タダですか?」
「お前な…、」
呆れたように笑うロイに、も「冗談です」と笑う。
やっといつもの空気を取り戻しつつあるこの空間に、僅かだが安堵した。
「でもお金とられたら私、身投げしないと」
「そんなに無いのか?」
「ええ、借金もあるから」
「・・・」
「引かないでくださいよ。前の生活費です。セントラルは物価が馬鹿みたいに高いから。」
本当に無賃で働いていたんだなと呆れつつも、ベッドサイドの引き出しをするりと開ける。
そこはこの家に数少ない貴重品を仕舞う場所で、通帳が入っている。
はそんなロイを見て、なんだか嫌な予感がした。
「いくらだ」
「いや、自分で返します。」
「いくらだと聞いている。返すとは言っていない」
「・・・70000センズ」
「闇金じゃないだろうな、そんな額。」
十分出せる額だけれど、一般人が借りるお金にしては破格だった。
「まあいい、これは私からの就職祝いだ。受け取りたまえ」
小切手を取り出し、止める間もなく金額とサインと印鑑を押してこちらへ差し出すロイ。
こんな高額な就職祝いがあるかとつっこみたいけれど、立場が弱すぎる。
なんせ借金してること自体、負でしかないのだ。
「いや、無理です。こんな大金、」
「そんな大金の借金を背負った部下を見放す上司に見えるか?」
「見えます。」
「即答するなよ」
「だって私、ただの部下ですから。ほんとに、大丈夫です。」
今までにないほど一生懸命ロイに食って掛かったけれど、彼は一向に引き下がらない。
押し問答は一時間ほど続いた。
お互いにこのやりとりに飽きてきた頃、ロイが「そうだな、なら」と提案を出してきた。
「国家錬金術師を目指さないか?」
「全く脈絡ありませんけど、」
「私が毎日びっちりと錬金術を叩き込む、そして国家錬金術師にいつか必ずしてみせる」
「はぁ…」
「その代わりに、そうなった暁には一生私の背を任せる、無償で尽くすんだ。」
「つまり、金も払うし技術と知識も叩き込むから、それと引き換えに一生付いて来いということでしょうか。」
御名答、と彼は笑った。
しかし私はまだ引き下がるつもりはない。
「私は、誰にも従いたくないです。」
「よく上司目の前にそんなことが言えるな」
「だって強いし」
「・・・まあいいか。」
考えておいてくれと彼は言った。
そしてお金だけは強引に渡されたし、毎月払える額だけをロイに払えばいいというシステムらしい。
たしかにこのままでは利息だけでパンクしかねないから、ありがたく受け取っておいた。
「錬金術は?」
「そうだな…。」
しばらく考えるように宙を見上げていたロイが、何か思いついたようににやりと笑う。
「教える代わりに、この家の家事を任せてもいいかい?」
「家政婦ですか」
「、普通ここは『新婚さんみたいですね』とか言うところだぞ」
「・・・」
「すみません、そんな白い目でみないでください」
両手を挙げて降参のポーズをとりながら、ロイは引き出しのなかからスプーンをひとつ取り出した。
なにをするのだろうと見ていると、手袋を取り出してスプーンを握る。
親指と中指を弾いたのを合図に小さな錬成がおこり、コトンと音をたてて机に落ちたのは、
「鍵?」
「この家の鍵だ、なくすなよ」
今度こそは新婚さんみたいだななんて考えてしまい、そんな考えに温度が上昇する。
そんな彼女を見逃すロイではない。
不適な笑みをうかべてこちらを見てくる彼が憎らしい。
「新婚さんみたいだろう?」
「はいはい」
少し熱くなった頬を誤魔化すようにあしらった私を、面白そうに見つめるロイの視線がこのときばかりは痛かった。
彼は一体どういうつもりなのか、それはわからない。
は気配や動向を察することに長けてはいるけれど、ロイの感情まではそうもいかないらしい。
「気が向いたらおいで、そして片づけをして?」
「そうしたら勉強を教えてくれるというわけですね?」
何だか屈辱的にも思えたけれど、無能無能と呼ばれている彼も国家錬金術師。
その錬金術師のなかでもトップクラスの実力を兼ね備えていること位はも承知していたし、これほど有能な家庭教師はいないだろう。
しばらく眉間に皺を寄せてうんうんと唸っていたは決心したかのように、ひとつ頷いた。
「わかりました。気が向いたら、おねがいします。」
「その気が向くのかどうかが私の素朴な疑問なのだが、」
「それはまぁ、気分次第ですよね。」
彼女に血液型を聞くと「人間じゃないので」と露骨に嫌な顔をされそうだから言えないけれど、
もしも人間だとしたならば確実に「AB型でしょ?」と聞かれそうな性格をしているなとロイは思う。
掴めないのだ、全く。
いや全くというのは語弊かもしれないが、掴めたと思っていたその手が握っていたのは空気だったかのような存在だ。
「とりあえず、大佐はしっかり寝て治してくださらないと。」
「お、優しいな。」
「いえ、じゃないと仕事終わらないんで。いい加減中尉に迷惑かけるのやめてください。」
「お前が言う科白じゃないだろ。さぼり魔仲間さん。」
あながち間違ったことは言っていないので反論の余地は無い。
肩をすくめて笑ってみせると、いつになく優しい微笑が返って来た。
心地よいと感じてしまう私は、いけませんか。
人間になりたい。
認められたい。 なんて、
「顔、ひどいぞ。」
眉間に皺をよせるマネをしてそこを指差すロイ。
は隠すことなく、苦笑いを浮かべた。
「同調なんてしたくないですね。」
そんな表情のまま苦しそうに、ぽつりと言う彼女の顔には未だ笑みが張り付いていた。
無理をすることが生活の一部となり育ってしまったのだろう。
そんな笑みなど見せられるくらいなら、命一杯、泣けばいい。
「ロイ、」
「どうした?」
どうした、名前で呼んだりして。
「私、笑えていますか?」
笑えていないよ。
見開いた瞳から雫が落ちることはないけれど、それはきっと彼女が耐えているからだろう。
抱きしめる腕が私にはある。
「不甲斐ないな私も、」
女性には嫌というほど慣れていたはずなのに、ただ抱きしめるというひとつの動作さえも神聖な気がした。
それはまるで自分自身を許してしまう行為のようで、踏み切れる気がしない。
「恋と愛と情というのは、難しいものだな境界線が。」
情で君に手を差し出したとしたならば、私たちはお互いにきっと一生後悔するのだろう。
それをお互いに何となくわかっているというのも歯痒いものだなとロイは笑った。
アトガキ
恋と愛と情、果たしてどう転ぶか。