おはようと微笑めば、おはようございますと少し照れたような笑みが返された。

 

 

こんなにも踏み込んでしまったのだと気づかされるのには十分なそれ、しかし不思議と悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何だねそれは。」

 

側に付いているうちに添い寝の形で朝を迎えてしまったは、起床と同時にいそいそとキッチンへ去る。

半分は照れ隠しだろうけれど、そんな彼女が少し可愛いと頬を緩ませたと言えば冷たい視線を浴びるだろうから仕舞っておく。

 

「自慢じゃないですけれど、生まれて数百年料理をしたことがありませ」

「今すぐそこを離れてくれ。」

 

ただの単なる目玉焼きを作ろうとしていたことは辛うじてわかるけれど、本当に辛うじてわかる程度。

こんなものを食べたら確実にがん細胞が沸きそうだ。

真っ黒になったそれをさっとシンクの三角コーナーに追いやってから、ロイは卵を新たにふたつ割る。

 

「器用ですね大佐」

「君が不器用すぎるんじゃないのかね」

「そんな棘のある言い方しなくてもいいじゃないですか、全く誰が面倒みてあげたと思ってるんですか」

 

そんな科白ににやりと笑むロイ、嫌な悪寒がしたは一歩下がる。

 

「おはようのキスでもして欲しいのかい?」

「私は大佐に唇を差し上げるほど落ちぶれていないつもりですが」

 

大佐とキス=落ちぶれるという方程式らしい。

ロイは一瞬顔色を青ざめさせたが、すぐにいつもの調子をとりもどす。

 

 

よかった、そう思う。

昨日の雰囲気をそのまま引きずりたくはなかった。

 

 

「私今日は中尉のお宅に引越しするんで、司令部に行きますから。」

「デートへ誘われる前に防衛線でも張ったつもりか?甘い、甘いな。夕方までじっと待っていられるとでも思っているのか?仕事を押し付けられるぞ。」

 

途端にはぴたりと固まる。

サボり魔の思考回路は得意分野だ、自分と同じ考えなのだから。

 

はしばらくひきつった笑みをうかべながら、どう切り返そうか悩んでいるようで口を開いては閉じてを繰り返す。

やっとのことで見つけた回答に、自分で言っておきながら固まるのはだった。

 

 

 

 

「大佐、デートくらいしたらどうです、彼女もいないんですか?」

 

まあ居ないと思い込んでそう意地悪く切り返したつもりだったのだけれど。

思わぬ答えに一瞬驚くものの、それもそうだなと思った。

彼は東一とも言えるプレイボーイだ。

 

「ああ、でも今日は生憎仕事でな。」

「・・・そうですか。」

 

明らかに動揺してしまった気がするものの、至って平然と返事を返せた自分を少し褒めたい。

しかし今更ながら、きっとそんな小さな動揺もお見通しなんだろうなと苦笑する。

 

「そうですか、今日は仕事なんですか。」

 

仕事、しごと、しご・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の人物が頭に浮かんだけれど、そこまで突っ込むほど二人の関係に携わる気もない。

 

だが気になる。けれど、そんな事実を改めて突き付けられたいとも思わなかった。

この感情を何と呼ぼう、嫉妬なんて単純なものでは無い。

 

なんだか人間になった気分だなんて笑えてきて、それと同時にロイとこれ以上一緒に時を過ごしたく無いと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人になれないできそこないの妖魔ごときが、恋など笑われる。

 

そんな資格も無いということくらいわかっているし、これが恋だとも言わないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同調、私たちの繋がりはそこだけだろうと知ら示されたようで。

 

 

 

 

「でしたら私がデートに付き合わなければならない理由もないし、ここでの事は口外しない方向でおねがいします。」

 

 

鞄とコートを引っつかみ、は一礼をして玄関へと向かう。

この感情が恋だとは言わないけれど、それでも自分に縋り付いてきたと言っても過言ではないロイに情が沸かないというわけでもない。

明らかに不服だといわんばかりの態度で退出したにロイはしばし呆然とする。

 

そうしている間にも彼女の姿はあっという間に手の届かない場所へ行ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間じゃないからって、馬鹿にしないで。」

 

最後にそう一言残して彼女は本当に、去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、私を待ってくれてるのも出来ない仕事を必死に手伝ってくれてるのもすごく嬉しいんだけど、」

「?」

「皆を無言で威圧しないでくれないかしら」

 

どんな通りをどうやってここまで来たのかわからない。

それでもとりあえず東邦司令部までやってきた私は、何か仕事でもしていないと苛々とした感情を収めることができなかった。

非番だというのに扉をあけて登場したに一同が「間違えたのか?」と聞くのを許すような形相ではなかった。

 

単純にものすごく機嫌が悪いんだなということはわかったので、触れない神に祟りなしといわんばかりに机から視線をずらさないハボック。

 

 

「大佐と何かあったの?あの後。」

 

いきなり直球で聞いてくるなと思いながらも、は表情をさっと取り繕う。

昨日のことは無かったことにすると自分からそう言った、口外するなとロイに向けて。

 

「いえ。あの後一時間程飲んで、その後は別の上客と飲んでただけなんで。」

「なら私情は持ち込まないでもらえるかしら?貴女、大人でしょう?」

 

どうしてこうも、自分の苛々の原因の片方に攻められなければいけないのだろうか。

冷静な表情を取り繕ってはいたけれど、苛立ちは上昇する一方だった。

彼女は間違ったことなど言っていないし、嘘をついているのは自分だというのはわかっているけれど。

 

 

そこで、ハボックが机から顔をやっとあげる。

デスクサイドにあった煙草を掴み立ち上がり、「、ちょっと来いお前。」と私の裾を強引に引っ張り退室を促す彼。

「休憩もらいマス」と最後に言い残しては部屋からひきずり出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無言で威圧するのやめてもらえませんか」

「お前がさっき全員にやってたことだろ。」

「すみません、」

 

はぁという溜息と一緒に肺の煙を一気に吐き出すハボック。

 

 

 

「お前、何したいの?」

 

再び煙草を咥えて、視線をこちらへ向けてくる。

そして煙を吐きながらそう言ったハボックは一片も笑ってはいなかった。

 

 

「あれね、うちのお姫さんなの。」

「中尉ですか?」

「不用意に傷つけないでもらえるかな。」

 

 

今度はうっすらと笑んではいるけれど、その目を見ればそうではないことくらいわかる。

 

 

 

「お前さ、大佐と寝たの?中尉とのこと知ってて」

 

 

 

ズバリ、ズバリと斬りこんで来るハボック。

その瞳に写るのは、軽蔑の文字。

 

 

「まさか。」

 

そんな言葉を彼は鼻で笑い飛ばした。

お前の言葉なんてどこを信じればいいのか、とその瞳が言っていた。

 

「ま、知らねーけどよ。お前のことは嫌いとかじゃないけど、うちの姫さん傷つけるのだけは許さないよ俺は。」

 

 

 

昨日の生温さが、まるで嘘のように冷たい視線。

 

 

 

嗚呼、きっとこっちが私の本物。

 

 

 

 

 

 

「姫さんと大佐は、…俺達の希望だから。」

 

お前の居場所なんて、はじめっからないんだ。

無いからって、大佐に忍び寄るだなんてイイ根性してんじゃねーかと、彼は言った。

 

 

「知ってますよ。」

 

それくらい、そう忘れていただけ。

ちょっと自分の身分とかそんなものを忘れて人情にひたってしまっていただけよ。

 

 

「中尉に言っておいてください、家は自分で探しますと」

「大佐の家に転がり込むのか?」

 

はっ、サイテーだなと嘲笑するハボックには余裕の笑みを向けることに何とか成功した。

 

 

 

 

 

 

「みくびらないで頂けますかね、私、中佐ですよ。」

「大総統のコネの無能な中佐だろう。どんな手を使ったんだか。」

 

よくもまあここまでの暴言が吐けるものだなとは少し感心した。

そして、休憩室の外にふたつの気配を感じる。

急に沸いて出た気配ではないから、きっと気づかなかっただけなんだろう。

 

 

 

「そうですね、全くの無能ですが。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたたち如き、一瞬で殺せますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だよ?」

「いえ、別に。」

 

ここで余計に不信感を煽る必要も感じなかったので、それは言わずにひっこめる。

とりあえずこのどうしようもない状況から逃れる方法を考え始めた。

ドアの外の気配には覚えがある。きっと彼らだ。

 

申し訳ないけれど、使わせてもらおう。

 

 

 

 

そう決めると、ハボックにばれぬよう後ろ手に錬成陣を描く。そしてそっと掌をのせる。

 

バターン―――――

 

何のことはない、ドアノブに少し工作を仕掛けただけ。

寄りかかっている彼らは見事にこちらへ転がり込んだ。

 

 

 

 

 

 

「あら、盗み聞き?」

「そうだよ盗み聞きだよ、悪いか!」

「に、兄さん、ちょっと開き直りすぎだよ。」

 

暗殺業を行ってきた数年間、彼らにはよく遭遇した。

鋼の錬金術師、エドワード・エルリック。そして弟、アルフォンス。

 

 

「お前、何にひどいこと言ってんだよ」

 

そして小さい兄は、ものすごく血気盛んだ。

それに自分で言うのもなんだけど、私は昔から彼らに何故か溺愛されていた。

そして私も弟のように可愛がってきた。

 

「大将、なにやってんだよこんなとこで。それに首を突っ込むことじゃないぞ子供が。」

「子供子供って、どうしてここの連中は皆っ、」

「兄さん。ちょっと落ち着きなってばもう。」

 

鎧がガシャリと音を立てて、エドをそっと押さえつける。

そんなアルに不服そうな顔を向けながらもエドは諦めたように下を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

「アル、私今日ね、非番なの。」

「なら一緒に買い物でも付き合うよ。兄さんは大佐に用事があるんだろう?」

「大佐はお休みよ。」

 

 

 

そこで、初めて彼らはその疑問に気づいた。

あまりにも修羅場な空気すぎてそんな疑問も浮かばなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「なんでがここに居るんだよっ」」

 

「遅いわよ、二人とも。まあいい、また説明するけど、私今は中佐だから。」

 

 

 

 

 

 

 

「「ええーーーーーーーーーーー!!」」

 

「本当に、仲良いのねあんたたち。」

 

 

 

すたすたとそのまま去っていくに、慌てて二人は付いていく。

そんなエドとアルを両脇からがっちりと抱きしめたは「ひさしぶり」と小さく呟いた。

 

そして、そのまま彼らを解放する。

 

 

 

 

「ごめんね、私ちょっと行くところができたから、またね」

 

彼らは私を止めたりはしない。けれど心配そうな視線をこちらへよこす。

それが妙にくすぐったくて、私は「ごめんね、気つかわせて」と残して街へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アトガキ

修羅場かよ。みたいな。

いきなりだなー。