掌に刻まれた歪な曲線が生きている何らかの意味だと言うのなら、
死に向かって奔る私のこの曲線には何の意味があるのだろう。

「あーーーっ、ちゃんだ。」
エリシアは私の名前を知っていた。名前を呼んで、嬉しそうにこちらに駆けてくる。
パジャマ姿の彼女を抱きとめる私の腕は先ほどまで血にまみれていて、一瞬その手を差し出すのに戸惑った。
それに気づいたヒューズが小声で「抱きしめてやれ」とそう言ったから、その勇気が一歩出たのだろう。
「はじめまして、エリシア。ところで何で私の名前知ってるの?」
「パパがいっつも寝んねのときにお話してくれる物語の主人公さんでしょ?」
ヒューズ…、私を本の中の登場人物のように語らないでくれ。
そんな視線をむけてもしれっとした笑みが返される。
まぁそんなこと今更だなと思って私はエリシアの肩をそっと抱いて、温かさを確かめた。
「いらっしゃいさん。」
奥からぱたぱたとエプロン姿のグレイシアが出迎えてくれたのに挨拶を返してひとつ礼をする。
写真では腐るほど見てるけれど、やはり紙上と現物は違う。
グレイシアだということはわかるけれど、写真よりもずっと綺麗だと思ってしまうのはそこに生気があるからだろうか。
肩までの髪はさらさらと流れ、私の人でない髪よりも遥かにずっとずっと、美しい。
エリシアがママと呼びながらかけていく、そしてそれを愛しそうにぎゅっと優しくしかし力強く抱きしめる。
それをヒューズが目を細めて見守る。
いいな、と思った。
そんな家族の姿に思わず目を細めてしまった私をヒューズが見逃すはずもない。
「家族が欲しくなっただろう?」
「認めたくないけど、ものすごく。」
とても素敵な家族だな、と心底そう思った。
同時に私とはかけ離れすぎていて、ほんの少し悲しくなった。
「あら、ならマスタングさんと結婚すればいいじゃない?」
えらい直球でくる嫁だなと、そのまま突っ込んでいた。
そんな私の返答にも可愛らしい笑顔を向けてくれる彼女がとても愛しいと思えた。
ヒューズの守るもの、それを私はこれから守っていかなければならない。
思い出して、涙が出そうになった。
近々ここは解散するのかもしれない。
「ちゃんは、怪獣が出てきたらセクシーハニーに変身するんでしょ?」
楽しそうにきらきらとした瞳を向けてくるエリシアに、私は一気に脱力した。
どんな話だ、セクシーハニーって。
「そうだよー、お姉ちゃんはすっごく強いんだぞー。」
「きゃーかっこいー。」
エリシアを抱き上げて、宙をくるくると一緒に回った。
そんな光景を眺めるヒューズにグレイシアは微笑みを送る、そんな彼女に目を細めるヒューズ。
時間は一気に過ぎていった。
あっという間に夜があけてしまい、私は惜しまれながらも東邦司令部に向かわなければならない時間になった。
「ありがとう、またきます。」
グレイシアとエリシアに笑顔で見送られた。
次に再会するとき、それが泣き顔とも知らず。
胸がぎゅっと、掴まれたようだった。
「ねえヒューズ、私ね、あなたのこと大好きよ。」
何度言っても言い足りないけれど、今までの感謝を思い出せば思い出すほど言わずにはいられない。
何度も何度も大好きと繰り返すに、ヒューズは平然とこういった。
「知ってるぞそれくらい。」
またね。
またな、
次が、あるともわからない。
生きてきてここまで苦しいと感じたことがあっただろうか。
遠くなるセントラルの街並みを眺めながら、私は今だけだと言い訳するように一筋の涙を流した。
少しだけ自分に正直に生きてみようと、そう思えたんだ。
「ただいま、です。」
東邦司令部のいつものあの扉を開くその時私は「ただいま」と言った。
それは私の願望であり、「帰る場所」にしたいという意味をこめて皆に向けて、そう言った。
「おかえりなさい、」
微笑むホークアイにほっと胸を撫で下ろす。
私はどうしようもなく彼女が大好きなんだ、そう素直にいつか言おう。
「おかえり、早えーな」
くしゃりと笑うハボックに、くしゃりと笑い返した。
少し意外そうな顔を一瞬されてしまったけれど、何か少し吹っ切れたような私の笑顔に彼は再び微笑んだ。
「土産は?」
にやりと笑うブレダに「ありません」と笑みを返す。
「仕事たまってるぞ」
ファルマンが面白そうに笑みを向けてくるけれど、それだけは勘弁な内容だ。
「おかえりなさいさん、皆さん待ってましたよずっと」
フュリーのそんな言葉と優しい微笑みに、私は張りつめていたものがくずれていくのを感じた。
受け入れてくれてるのだろうか?という風にとってもいいということだろう。
気づいたら、その場にしゃがみこんで笑っていた。
腰が抜けたのかもしれない。
「よかったぁ…、よかった、よかった、」
泣きそうだけれど嬉しそうな笑顔に、誰もが始めて本当の笑顔を見れたような気がして頬を緩めた。
まだ彼女のことなど全く知らないといえばそうだけれど、それでもいい、少しずつで。
「私ね、居場所がどこにもないから、ここに居座っていいですか?」
腰の抜けたは全員を見上げてそう言った。
よくもまあこんなにも恥ずかしい科白が自分の口から出たなとはおもったけれど、私は今は人間でいたい。
「今更よ、昨日はごめんなさい。」
ホークアイの言葉に、私はただへらへらと間抜けな笑みを浮かべて倒れこむだけだった。
そういえば寝ていない。眠い、眠くて仕方ない。
「おいおい、私への挨拶なしで寝るつもりかい?」
背後の扉が開いたところで私の意識はぷっつりと途切れていた。
ロイは呆れたように手を腰に当ててしばらく考えるように中尉を見つめ、ひとつ溜息をはいてを担ぎ上げた。
誰も何も言わないし、非難の視線くらいあったとしてもよかったのになとロイは思う。
責められないことのほうが、少し痛いと誰かが昔言っていた。
誰だったか、忘れてしまったけれど。
「の仕事、こっちへ回してくれ」
ロイのそんな科白を長年共に働いてきて聞いたことがあっただろうか。
中尉は愕然と瞠目し、ハボックは口を開けたまま閉じるのも忘れている。
ブレダとファルマンに至っては青ざめて天変地異だと唱えて震え始め、そんな中一番冷静だったのがフュリーだった。
「傘、持ってきてないのになぁ」
彼の呟きは誰の耳にもまともに届かなかったのだけれど。
それでも昨日とは打って変わって、くすぐったいような温かさがそこには漂っていた。
アトガキ
すすまない。