すまんが任せることにするよ、と彼は言っていた。
もう終わりなの?と聞き返すと、悲しそうに笑って私を抱きしめる。
嗚呼、これは夢?夢なら早く醒めて、あなたを助けにいかなくちゃ、ねえヒューズ。
まだ終わりなんて、あたし認めないわ。

心地よい眠りを遮ったのは、ロイの少し焦ったような声音。
瞼を擦って何があったのかと伺おうとして私はハッとした。
「ヒューズっ、 おいっ、ヒューズ」
電話口に怒鳴るようにしはじめたその尋常ではない上司に、バタンと扉が開かれ部下が何事かと問う。
は彼らに目もくれずロイの電話をひったくった。
まだ息があるかもしれない、もしかしたらこれは冗談かもしれない。
どちらにしよ、最期なら一言いってやらないと気が済むはずもなかった。
「夢に出てくる余力があるなら生きなさい馬鹿っ」
その後はなにを口走っていたか、正直あまり覚えていない。
ただ漠然とした不安が頭をよぎるどころか完全に支配をし、動転してしまっていたことは確か。
動揺しているはずのロイが、あまりの取り乱しようなに落ち着けと怒鳴るけれどそんな声など届くはずもなかった。
私の全てといっても過言ではない、アメストリスにきてからの私の全て。
バカだなー。
何やってんだよ
ほら、んな顔すんなって、。
こっちこい、忘れてやるから今は大人しく抱きしめられとけ。
もっと頼れ、。
任した、。
彼の最期の一言を思い出した、そうすると頭がさっと冷えていく。
私には守らなくてはならないものがある。
ここで動揺して奴らの思うつぼになることにより私が稼動しないというのは正直まずいだろう。
冷静になることには成功した。
それでも、悲しみを拭うことはできない。
まだ見ぬ死体、彼が死んだという確証はどこにもないはずなのに私にはわかった。
彼の息吹は、この世界のもうどこにも存在しないと。
それでも私は、守るという使命がある。
彼に与えられた、使命が。
彼の電話が途切れて一時間後、その彼の殉職を知らせる知らせが届いた。
現実を突きつけられたロイは、唇をひとつかみ締めるだけで特に口を開かなかった。
そんなロイを目の端で確認したは、ひとつ息を吸う。
大きく呼吸をしていないと、自分までこの動揺の波に飲み込まれそうになった。
私なんかよりもずっと長くずっと深い付き合いをしてきたのはロイだ。
それをこの東邦司令部の面々は承知しているのだから、私の出る幕ではないと判断する。
ここはホークアイが適任だろう。
「中佐として命令する。」
重い空気を打ち切ったのは私の発したその一言。
さすが軍人というべきか、一応表面上は敬礼をして全員がこちらを見た。
「ヒューズの事件に深く首を突っ込むな、一人では。」
私はこの背景の予想がついている、おそらくホムンクルスのどれかだ。
あんなものに太刀打ちできる人間がここに居るだろうか?否。
ロイだろうと、一体倒せるかどうか怪しいものだ。
「特に大佐。」
「何故中佐が大佐に命令する」
不服だという声音、それを露わにを睨むロイ。
お前は何が言いたいのだと、彼は言った。
だから言ってやった。
「ヒューズと約束したのよ、誰も死なせないと。」
「傲慢だな。」
以前、同じ科白を私は彼に言った気がする。こんなときにそんな意趣返しはいらないのになと苦笑した私に、
何がおかしいと眉間に皺を寄せてそういった。
「ここは私の場所でもあるから、それを守ることの何がいけないの?」
少し驚いたような顔をしたロイに、ホークアイが続けて言う。
「それには『一人で』とわざわざ付け加えてるじゃないですか。」
そういえば、そんな風に言っていたなと思い返して少し雰囲気を和らげる。
周りがこうも落ち着こうと必死なのに、大佐の自分がこうも感情的になることが良いこととは思えなかった。
「善処しよう。」
ロイの言葉には肩をすくめるだけだったが、そこまで彼が譲歩したのはましだったのかもしれない。
各自が一時解散して正装を身にまとう。
何故ロッカーに常に正装を置いておかねばならないのだろう、大半が葬儀なのに。
着る頻度の高い正装など、なければいい。
「正装、ないの?」
ロッカーの前で立ち尽くしていると、ホークアイが見かねたのか声をかけてきた。
無いわけではないけれど、私はあえてあちらの服を着たかった。
彼と居るときの私は常に全身黒装束の、影の人だったから。
「私、ちょっと別行動で行きます。」
正装と黒装束の並ぶ棚から片方を取り出して、更衣室を後にした。
事実を、確かめようと。
これが私の正装だ、弔い合戦をしてやろうではないか。
一番冷静さを欠いているのは自分かもしれないなとは苦笑した。
歩幅を広げてかつかつと歩き、通過地点である執務室を一応覗いてみた。
誰も居ないだろうと思っていたそこには、会いたかった後姿。
「大佐」
何かを決意したようなの声音にロイは振り返る。
「どうした?」
カツリカツリとヒールの音がこちらへ近づいてくる、の顔は僅かばかし笑っていた。
そしてどことなく、悲しさが漂っていた。
「別行動をとらせていただきたいのですが」
それは許可ではなく、もう決めたといった様な言い草で。
ロイが止めたとしても彼女は行ってしまうとわかっているから、否定はしなかった。
「あまり、危険なマネはするなよ?」
「大佐もですよ。」
くすりと、何が可笑しいのか彼女は笑っていた。
下を向いていたので表情は伺えなかったけれど、確かに笑い声が聞こえたんだ。
急に不安になって、どことなく嫌な予感がして、ロイはを覗き込むように向かい合った。
死んだ魚のような瞳が、ひどく印象的だった。
まるで自分を映す鏡のようで。
「大佐、弔い合戦始めましょうか。」
不適に笑むは、どこも笑ってなどいなかった。
表情筋は笑顔をつくりあげてはいたけれど、彼女は泣いていた。
それでも必死に笑みを崩さぬまま、彼女は窓から飛び出て消えてしまった。
冷たい風が、開け放たれた窓から吹き込んでくる。
閉めなくてはと思うのだけれど、どうも脚がうごかなかった。
彼女は、帰ってくるのだろうか。
そんな不安を少しでも拭うように、せめて帰ってくるための窓を開けておこうなんて馬鹿げた行為だとわかっているけれど。
「行きましたか?」
いつからそこへ居たのか、ホークアイが正装に着替えてそこへ立っていた。
普段はその脚を布で隠しているけれど、スカートを着た彼女を見れるのはいつもなら浮き足立つ日だというのに。
こんなにも悲しい日は初めてだった。
「ああ、敵陣へ突っ込んでいった。」
彼女は深く首を突っ込むなと言った。言うからには多少何かを知っているのだろう。
しかしそれを聞くことはしなかった。
例え聞いたとしても教えてはくれないだろうし、申し訳なさそうな顔をさせるのもあまり粋ではない。
「大丈夫ですよ」
こちらの不安を見透かすように、ホークアイがそう言った。
「だから、そんな顔しないでください。上層部に馬鹿にされますよ。」
ハボック、ブレダ、ファルマン、そしてフュリーが連れ立ってやってくる。
彼らはそれぞれ思いを胸に秘め、セントラルへと向かった。
「誰がやったの?」
冷たい声が響いた。
「ねえ、誰がやったの?答えてよエンヴィー。」
冷たい声と、悲痛な叫びが。
痛い、痛いと叫ぶのは不死身とされるホムンクルス。
「グラトニー?あなた知ってる?」
冷たい声音で質問をするその銀灰の女は、問いかけた相手の回答なんて待ってはいない。
ただ、ざくりざくりと無駄のない動きで切り裂いていく。
ラストは、そんなを見て震えた。
不死身のラストが、銀灰の女を見てガタガタと音をたてて震えていた。
「殺さないよ、ねえラスト。あなたなの?」
再生できないように切るなんて、そんなことはしない。
再生したころに、まるで甚振るようにさくりさくりと切り裂いていく。
余裕のある動作に、彼らはただただ怯えることしかできなかった。
「殺すなんて、そんな優しいことしてあげないよ。」
もっと、痛いとのた打ち回ってくれないと。
ねぇヒューズ、痛かったでしょう。
「あ、プライドに言っておいて。」
たくさんこの剣で切り傷、つけてあげるって。
「それと、ラスト。あなたの命の灯火が薄くなってる。」
引きつった笑みを浮かべて、そんな脅しなんて通用しないわよと彼女は言った。
「うん、別に信じなくてもいいんだ。関係ないことだし。」
面白いね、と笑うに今度こそラストはへたりと座り込む。
人間ではない自分が、こんなにも怖いと感じるのは父上だけだと思っていたのに。
彼女の手にかかれば一瞬で自分など消えてしまうということが、嫌でもわかる。
「あ、葬儀終わったみたい。じゃあね」
は軽やかに手を振って、その場を後にした。
全身には真っ赤な鮮血が嫌というほどこびり付いていたけれど、そんなことは気にならなかった。
もっと、もっと痛みを感じている人間がどれほどいるだろう。
そっちのほうが、あんな肉体的な傷よりも治りづらいというのに。
もっとも、彼らは再生能力があるから人間のそれよりもはるかに治りが早い。
そこは静かな、とても静かな丘の上だった。
「聞こえる?ヒューズ」
返事はないのは当たり前だけれど、それが彼がもう居ないということを助長しているようで。
風がきついからだよ、とそう言いわけをして目を擦る。
「ごめんね、こんな格好で。」
でもこの格好好きだって言ってたよねと笑う。
墓石の下に眠る彼をとうとう見ることなく、私はさよならをしたんだ。
血のこびりつく掌にかまうことなく墓石にすがりついた。
「ひとりにしないでよヒューズ」
墓石に、ぽたりぽたりと雫が舞い落ちる。
銀灰の睫毛からしたたる水滴は、舞っているように見える。
の声がしたと思ったので来てみれば、彼女はヒューズの墓石に縋り付いて泣いていた。
こんなに脆かったのかと、どうしようもない鈍感さに自分をせめるしかできなかったホークアイ。
横でそんなを見つめ、苦しそうな表情を浮かべる上司と目が合った。
「私、先に帰っていますね。」
そう言い残して去っていく背中を見送ってから、再びへと視線をうつす。
どうしようかと少しためらったけれど、彼女へと歩みを進めた。
「好きだったの。」
こちらの気配などとっくに気づいていたのだろう、は振り返ることなく突然そう言った。
それは恐らくヒューズのことだろう。
「そうか。」
かたかたと震えるは、泣いているのだろうと思う。
小さな背中に腕を回そうとしたその瞬間、墓石に向かって全力で拳を叩きいれた彼女に思わず手を引っ込めた。
「ヒューズー、大佐が今あたしのこと抱きしめようとしたよ。怖いね、どうしよう恐ろしいよ。」
お前のが恐ろしいよ。
なんていう回避の仕方だろう、死んだばかりの人間の墓石に拳を叩きいれる人間などくらいしかいないだろう。
呆れた視線を送ると、それを感じた彼女が楽しそうに笑った。
それはこちらに対してではない、墓の中の人間に向かって。
「約束、守るよ。」
土の下に埋まるヒューズにそう呟いた。
悲しくて悲しくて仕方ないけれど、もう涙は出てこなかった。
それ以上の決意が、今の私にはある。
「だから安心して、ゆっくり休んでね。」
そう言い残してゆっくりと立ち上がった彼女の背を、今度こそ後ろから抱きしめた。
一瞬びくりと驚いたような仕草をしたけれど、大した抵抗はしない。
それどころか、こちらに向きなおして。
彼女が私を抱きしめていた。
「そんなに驚かないでください。」
まるで母を思わせる笑みを浮かべる彼女は、私を見上げるようにしてそう言った。
別にあなたのことが嫌いなわけじゃない、今はあなたを拒む理由はないから、と。
「だって大佐、」
今日はこんなにも、たくさん雨が降っているから。
今だけは無理、しないでください。
「そうだな、」
雨が降ってきたみたいだ。
アトガキ
ハボたち、ついてきてねーよ。