本当に、あの大佐は人使いが荒い。
漆黒が支配する刻、はその闇を華麗に飛び回る。
まさか、セントラルまで連れて行かれるとは…。

「一時、国軍から除籍しておいた。退軍という形だ。」
中尉や少尉が部屋を出て行ってから、二人だけになった。
ロイの開口一番の言葉に、は口を大きく開いたまま固まってしまう。
「筆跡は真似しておいたから、後は荷物を纏めて別行動でついてこい。」
意味が解からないという表情を露骨に作り、ロイに先の説明を求める。
どうも良い予感というものはあまりしなかった。
というか、悪い予感しかしない。
「大総統からの軍人としての同行は認めないといわれてしまってね、理由はわからないのだけれど。」
思い当たる節が沢山あって、しかしそれを言うわけにもいかないので肩をすくめて笑ってみせた。
しかし、それは逆手をとれば退役すればセントラルなりなんなりとどうぞということなのだろう。
ラースも甘いなとは内心苦笑する。
「だから、軍を退役してついてこいと?」
「ああ、まああまり表沙汰にしていい感じだとは思えなかったので中尉達にも黙っている。追々話すがな。」
機を見て、再び入隊するも良し。
国家錬金術師を目指すも良し、どうするか?と続けて彼は言う。
今すぐに出さなくてもよい答えだとは思い、状況に従いますと言った。
「とりあえず、着き次第誰にも見つからぬようここへ来てくれ。」
彼は机に残る紙切れのひとつを掴み、そこへ何処かの住所を書き写す。
任務でも渡されるのだろうかとは首を傾げるけれど、深く聞くことはしなかった。
書き終わったその紙の住所のかかれている所だけを綺麗に千切り取り、日本指に挟んで綺麗にへと渡すロイ。
それを受け取り部屋を後にする時、念を押すようにロイは言った。
「誰にも見つかるなよ。」
と。だから私は言ってやった。
「私を誰だと思ってるんですか。」
そう自信に満ちた瞳で。
セントラルへたどり着いた時、私は愕然とした。
私の存在を探す部隊が存在するらしい、軍部も抜かりないなぁとは駅構内の物陰に潜んでそれを観察する。
髪を染めるだけではこれは通用しないなと思ったは、銀灰色の縁をした眼鏡をかけた。
これで大分印象がかわると我ながらそう思う。
「久々にかけたけど」
ちょっと螺子が緩くなってる気がするなぁと眼鏡を手に取り呟く。
まぁいいかと、再びかけなおして人ごみに身を紛らわせた。
「うわー、すっごいこっち見てるよ少佐。」
私を探しているのだろうか、アームストロングが居た。
彼はやたら大きいからどこに居ても目立つのだ、その巨体がこちらをじっときらきらとした瞳で見つめてくる。
巨体にその瞳は心底似合わない。
とりあえず気づいているというわけではなさそうだったので、追ってくる気配もないし足早に街へと繰り出した。
「寒い、寒い、さむい、この季節にこの軽装って間違ってる気がする」
黒装束が一番身軽に動けるからと、ロイにさされた住所まではその格好で行こうと闇をかける。
高い場所の方が見つかりにくいから、屋根から屋根へと身を低くして飛ぶ度に冷たい風が私を威嚇してくるようだ。
切り裂かれるような冷たさとでもいうのだろうか。
「ここかな?」
彼の指定した場所の真上まで来て、住所の書かれた紙と見比べる。
恐らくここだろう、下をそっと覗く限り憲兵の見張りが三人ほど見回りをしている。
とりあえず、出窓と思われる場所の真上にストンと飛び乗り様子を伺うことにした。
が、急に踏みしめていた場所にぽっかりと穴が開く。
「のあーっ」
間抜けな悲鳴を挙げた口を咄嗟にふさぐのは、私よりも大きな掌。
反射とでもいうのだろうか、私は後ろへ蹴り上げていた。
「っざけるな」
咄嗟に飛び去って避けたロイに「ナイス」と笑みを振り返りざまには送る。
楽しそうに、本当に楽しそうに笑うに怒ることを忘れた。
元はと言えば突然錬金して屋根をくりぬいた自分がいけないわけなのだが。
部屋をさっと見渡す限り、ここは家なのだろうとは思った。
引っ越してきた初日のこの家と、今まで彼が住んでいた家が対して変わらない殺風景だということに少し呆れる。
「ここ、大佐のご自宅ですか?」
「いや、違う。」
ロイの家だろうと思い、つかつかと数ある部屋を物色していたはぴたりと歩みを止める。
これでは不法侵入で訴えられても文句が言えない。
「ちょっと、そういうことは早く言ってくださ、」
「私と、の家だ。」
世の中の女性が皆うっとりときてしまいそうな笑みと科白。
はそれを「うわー」という瞳ひとつで受け止めた。
露骨に嫌そうな顔をするに「傷つくじゃないか」と言ってやれば「冗談です」と笑う。
冗談ですという彼女に期待をしてしまうロイ、そんな瞳に気づいては一歩後ずさる。
「いや、あの、大佐?」
「直球で聞くが私のことは嫌いか?」
一歩一歩近づくロイに、同じ歩数だけあとずさる。
しかし歩幅は男女で違うのは当たり前だし、壁に背後を塞がれてしまう。
「嫌いじゃないですが、」
「嫌いじゃないなら側に居ろ。」
有無を言わさぬその言葉に、は身の危険を感じて何度も首を縦に振った。
その行為が更に危険を煽っているとも知らず。
「そうか、ならそうだなー、」
つと、面白そうに笑って私を見下ろすロイ。
こんな笑みを浮かべる大佐ほどろくなものはないなとは背後の壁に密かに掌をつける。
「仕方ないからベッドにでもいくか」
意味のわからない仕方なさだなおい、とつっこみつつもは抜かりない。
腰をつかまれそうになったその瞬間、背後に描いた錬成陣を発動させて壁に穴をあけ後ろへ飛びのいた。
しかしはそこが吹き抜けの空間だということを知らない。
「のあーーっ」
またしても情けない悲鳴がマスタング宅を響き渡るのだった。
「もう抵抗しません。もう抵抗なんて私しません。」
めそめそと泣く真似をしながら、柔らかなベッドの上で左足を見つめる。
すこし青く腫れているのは彼女が僅かに着地に失敗したから。
まさか吹き抜けだと思わなかったは判断が遅れたのだった。
「ならじっとしているんだな、まったく世話をかけさせやがって」
「冷たい…、」
「温めてほしいのか?」
サーと瞬時に顔を青くしたに薄く笑って「冗談だ」と言うロイ。
左足には湿布が貼られ、その上からロイが丁寧に包帯を巻いてくれている最中。
自分で巻くと言って巻きだして10分、あまりの不器用さにロイが溜息をついてこの現状に至る。
「大体、愛されてもいない女性に体を要求するほど飢えていないよ私は。」
きょとん、とはロイを見つめる。
今の発言を言い換えれば、つまりはロイのことを好きではないと彼は言っているということで。
「どうだか…。」
言葉とは裏腹に、は内心ホッとしていた。
気づかれてはいないんだなと、そう思いそんな解釈をしているロイをそのままにしておく。
別に好きだと断言はしないけれど、気にならないわけでもない。
恋といわれればそうだし、ただの同情だと言えばそうだから。
この曖昧な感情に、何と名付けよう。
「難しいな、人間は。」
困ったように笑うに、「半分は人間だろう」とロイは首を傾げた。
確かに、半分は人間だがいつ何時呑み込まれてしまうかわからない。
私は妖魔に飲み込まれてしまう前に、ヒトへ戻る手段を手に入れられるのだろうか。
「明日は遅番なんだ、少し話でもしようか。」
「あ、なら錬金術のお話聞かせていただけませんか?」
そんなの言葉に、完全に忘れていた事実を思い出しロイはに突っかかる。
先ほど彼女は錬成陣を描き、そして練成を行っていたではないかと。
「錬成できるのか?」
「基礎くらいは、イズミに教わりました昔。」
イズミ、イズミ、どこかで聞いたことがあるようなないような。
名前を反芻しても今は思い出せそうにはない。
諦めたようにへと向きなおし、包帯を再び巻き始めた。
「もっと、国家錬金術師レベルの知識と教養が欲しいんです。」
彼女の瞳をじっと見る。
死んだようだった瞳が少し、生を帯びてきているように感じた。
「いいだろう、私は手厳しいぞ」
「喜んで」
アトガキ
居酒屋か。