どうしてこんな事になったんだっけ、と動きの鈍い頭で必死に考えた。
考えても考えても、赤面してしまうようなことばかりだったので、
全てを放棄したように彼の少し大きな胸板へ頬をすりよせた。

あれから国家試験対策の錬金術をへ叩き込み、ひーと情けない悲鳴を上げつつもしっかりとついてくるに舌を巻いた。
錬金術師が何年、いや何十年もかかって取得していくその知識や技術はあっさりと彼女に飲み込まれそうだ。
おそらく、相当馬鹿なことをしない限り彼女は次の国家試験をパスするのではないかなと思う。
「今日はここまでにしようか?」
「できれば…。」
流石の彼女もそろそろ頭がついてこないらしく、曖昧な表情をしだした所でロイは講義を打ち切った。
そんな彼に申し訳なさそうな顔をするだが、十分優秀な頭をしていると思う。
「五分くらい前からの所、明日重複してお願いしていいですか?」
「明日は宿直なんだ、すまないね。・・・あ、」
泊まり勤務だとロイがすまなさそうな表情をした直後、何か悪いことを思いついた子供のような瞳でこちらを見遣る。
何を言い出すのだろうか、とひきつった笑みでその口が開く時を待った。
「夜なら人も大分減るし、警備も薄くなるだろうから軍部までおいで。」
「え、」
そんなチャレンジャーな事をするのはできるだけ控えたい。
ホムンクルスから身を隠したいとしては、出来ればお断りしたい内容ではあったけれど。
それ以上に彼の誘いは魅力的だった。
今日一日だけで、もっと次の事が知りたくなった。
錬金術を欲しているというのが現状だ。
「君なら警備をかいくぐることくらい、茶を沸かすようなレベルだろう。」
「お茶はわかせませんが。」
・・・、しばし沈黙が奔る。そうだった。
「私の執務室まで忍び込んでおいで、セントラルの造りは把握しているのだろう?」
「大佐よりも遥かに詳しいかと思いますね。」
わかりました、とは笑った。
その顔が少し楽しそうに笑えていたので、ロイも彼女の頭を優しく撫でる。
そんな仕草ひとつにドキリとしたは、波打つ心臓を隠すようにまた笑った。
それと同時に、チリっとした痛みが胸を走る。
手を伸ばせば、手に入るのになとほんの少し悲しくなった。
まさか、理性で制することを得意としていたはずの私が、気づけば先に体が動いていたなんて。
だから自分が一番信じられない。
「・・・?」
「ごめん。」
泣きそうな顔をして自分の胸にすがりつくの口から出てくる言葉にロイは戸惑う。
何かまずいことでもいってしまっただろうかと、方向違いの心配までしてしまう。
それでも流石ロイと言えるのだろうか、すぐに頭は冷静さを取り戻し、
彼女を精一杯抱きしめた。
「どうした?」
「・・・苦しくて。」
困ったように笑うの頬をロイは自身の両の掌で包み込む。
ゆっくりでいいよ、と諭すようなそれにもだんだんと頭の中が整理されてきたらしい。
申し訳なさそうな、どこか情けないような顔をしはじめた。
「そんな顔をするな、こっちは嬉しいと思ってしまったんだから。」
「だから、そういうこといちいち口に出さないで下さい。恥ずかしい人。」
は、恥ずかしい人っ。
ロイは大振りなリアクションで一気にしょ気たみたいだ。
そんな彼を見ていると、自然と笑い声が漏れてきてしまって少し気分は上昇していった。
「それはそうと大佐、もうそろそろ寝られては?」
「一緒に寝たいのか?」
「その唇が二度と開かないようにまつり縫いしてもいいですか。」
「まつり縫い、できないだろう?」
「・・・。」
何だか戦闘という能力以外の自分にとてつもなく自信がなくなってきた。
もし妖魔の血肉が私から出て行ったとするならば、私は世界で一番無能な人間になる気がする。
生きていけるかさえ危ぶまれそうだ。
「ときに、ひとついいかい?」
悶々とした顔で考え込むを面白そうに見つめていたロイは、思い出したようにそう話しかける。
彼女が軍部を退役してからずっと気にかかっていたこと。
がすっと顔を上げてこちらを見た。
「もう私は君の大佐ではないよ。」
「いや、元々"私の"大佐でもないですから。」
そういうことではないことくらいわかっていたけれど、それでも言わずにはいられなかったらしい。
は真顔でそう返した。
「知っていたが、とことん酷いな。」
「それが何か。」
「・・・まぁいい。で、ロイだロイ。」
「またですか。」
また、という言葉。それにおや、と思う。
そして思考を過去に飛ばして、嗚呼と合点がいく。
いつだか雪がひどく降る夜に情けない姿を晒した、あの記憶。
「あの時から私は、どうもを他人だとは思えないんだよ。」
「何寝ぼけたこと言ってるんですか、他人ですよ。」
「いや、そういう意味じゃなくて、」
「知ってます。」
薄く笑みを作りながら、しかしどことなく苦笑いにも見える笑みを浮かべる。
そんな彼女に同じような笑みを漏らすロイ。
少しばかり、沈黙がその場を奔走していた。
「情です、私たちの関係は。」
ぽつりとが言葉を漏らす。
情、と言われて思い出すのはリザ・ホークアイその人。
彼女は無償で尽くしてくれた、支え続けてくれた。同じイシュヴァールという戦乱を生き抜いた者として。
女性は強いなと、心底そう思っていた。
だから気づかなかったのかもしれない、彼女の想いに。
等価交換、そんな基本さえしてやることができなかったのだ。
「・・・難しいな。私は彼女に情ではないと豪語してしまったのに。」
「情なんて沢山あるんです、愛情も情のひとつ。でもどこからがその切れ目かがわからないから恋愛は難しいんです。」
「細○数子かお前は。」
「どちらかといえば美輪さんです。」
相変わらずキレのいい返しをしてくるにロイは笑う。
「…いや、いい。まぁそのどこに位置しているかはわからないのだろう?」
「ええ。大佐もでしょう?」
なら、とりあえずもうどうでもいいじゃないですか。
忘れていた、根本的に面倒くさがりでなぁなぁな性格だということを。
なにもこんなときに発揮しなくてもいいじゃないかとは想うけれど、そんなの知ったこっちゃ無い。
「寝ます、もうどうでもいいです今そんなこと。おやすみなさい。」
全くどうでもよくない内容ではあったけれど、これ以上考えたところで今結論がでる問題でもない。
は無心に首を横へ振りながら扉へ手をかけた。
が、開かない。
「大佐。」
私は一人で寝ますからねと振り返りざまにそうきつく言い、彼が手にしている手袋を取り上げた。
錬金術で扉を閉めることなど彼からしたらいとも容易いことなのだろう。
しかし私も破壊することは、『いとも容易い』分野だった。
「破壊はだめだろ。」
どこからともなく物騒な大きさの大剣を取り出し、扉に向かって歩き出す。
ロイは慌てた風もなく、落ち着いた声音でそう告げる。
「なら開けてくださいってば。」
少し苛立ちながら振り返った。
「一人で寝られもしないんで…、」
同じ、瞳をしていた。
寂しいと。
「…すね。」
疑問と怒りで終わるはずだった語尾は、柔らかな物言いと情けないようなお互いの泣きそうな顔に変わる。
寂しさを紛らわすために肌を重ねることなど何の意味もないと知っているけれど。
「何もしないでくださいね。」
本当は自分だって独りで眠るのが怖いくせに、大口を叩く自分に溜息すら出そうだ。
一つ上着をするりと脱いで、彼のベッドへ滑りこむ。
「止まらなくなってもしらないよ。」
「物騒なこと言わないで下さい。切り落としますよ。」
「のほうがよほど物騒だよ。」
ここら辺は彼の方が数枚上手らしい、余裕を感じて少し苛立ちを覚えた。
私はまだ知らない、これからここで眠ることが日常となってしまうことを。
そんなことも知らずに、唐突にやってきた睡魔に瞳を委ねて全ての難しい思考回路を切断してやる。
もういいや、と彼の伸ばした腕に滑り込んだ。
そして自ら胸板に頬を押し付けて、おやすみとひとこと。
可愛らしい仕草のはずが、ぶっきらぼうにすべてをこなすに笑いをこらえながら、ロイはその髪の毛にひとつキスを落とす。
おやすみ。
アトガキ
簡単にくっつかせませぬ。曖昧な関係。