頭の下にはロイの膝、抵抗する体力も気力も、
今の私にはなかったみたいだ。

「自分の感情をうまくコントロールできなくなってるんだけど。」
そんな言葉を唐突に放ち、顔を上げてこちらを見るの顔は心なしか赤い。
錬金術の問題を数問作ってやって、それを説いていた彼女の突然の言動にロイは首を傾げた。
「どうしたんだ、唐突だな。」
休憩にするかと言うと彼女もひとつ頷いたので、ロイはコーヒーをいれる。
本来部下の彼女の役目だが、満足にお湯もわかせない女だ。
全く持ってあてにならないというもの。
それに、少し赤みを帯びた顔は表情からくるそれではないだろう。
「しんどいか?」
コーヒーを渡す瞬間、こつんと額を近づけた。
突然の行動には思わずカップを落としかけたが寸で止める。
「体が?中が?」
「どっちもだ。」
どちらがしんどいのかと問う答えにどちらもだと彼は言う。
だから正直に「どちらもです。」と肩で息をしつつそう返した。
「おいで」
ロイの言葉に素直に従う彼女は既にそれが体調がよくないということを物語っている。
素直に動くということをあまりしない女だ。
虚勢を張り続けて、疲れないだろうかと思うけれどそれは自分にも言えていることだった。
「ごめん、ちょっときつい。」
「ほら、」
はは、と空笑いを浮かべる彼女を強引に引き寄せて、
ロイは自身の膝の上へとを横にした。
「なんだろう、拒絶反応かな。」
膝枕をしてさえ抵抗の色ひとつみせないに、若干心配さえしてしまう。
額に手をあてれば、熱いだけでなく嫌な汗をかいていた。
心配が不安へと変わる。
「?」
「ん、大丈夫。ごめんね。」
段々と息が荒くなるを見ても、特になにもしてやれない。
体は熱いけれど、震え始めていた。
大丈夫そうには全く見えないし、不安は増すばかりだ。
「最近人間としての自我が強くなりすぎてて、妖魔の部分との境目に摩擦でも起きてるんだと思う」
困ったな、どうしよう。
は力なくそう言い笑った。
意味はないと知っていたが、聞かずにはいられない。
「どうしたらいい?」
「わからない、こんなの初めてだから」
こんなにも人間と近づいたことも、こんなにも感情の起伏が激しくなることも。
そういえば、恋ってこんなかんじだったかもしれないな。
ぼんやりとしてくる頭で、そんなことを考えた。
「それに、もしかしたらただの風邪かもしれないし。」
風邪なんてひいたの四百年くらい前な気がする、という非現実的な言葉にロイは笑った。
その笑顔に、少し胸がぎゅっと締められたような気がした。
苦しくて、苦しくて、切なくて、
「恋の病だ。」
の口から、ロイの想像を遥かに超越した言葉が紡ぎだされた。
喜ぶべき状況なのだろうけれど、熱でうなされた頭で言ったことだからと後で訂正される気がする。
ならばここで決定打を与えておかねば、と要領よく頭が回る自分の女癖の悪さに苦笑した。
「だーめー。キスしようとしてるでしょ、顔みたらわかりますってば。」
行動に移す前に、しかめっつらで静止される。
全く怒ってなどいないのだろうけれど、何だか気づかれていたことに少し落ち込んだ。
もっとスマートに、もっとスマートに事をはこんでいれば…、落ち込む内容はくだらなさ120%。
「病人をからかわないの。大佐は女の子いっぱいいるでしょう。」
子供っぽい仕草と口調、珍しいなとロイは思う。
熱にうなされているというこの状況だけれど、推測するにきっとこちらが元の彼女の姿なのだろう。
可愛いなと素直にそう思った。
「は可愛いね。」
「はぐらかしたでしょ。」
拗ねたようなその口調と態度が、益々笑みを誘う。
可愛くて仕方ないと再び言えば、またきっと彼女はそれ以上にすねてしまうのだろうか。
まるで子供の恋愛みたいだなと思ったけれど、そんな感情も悪くはないと思う。
「は恋人が居たことはあるのかい?」
「三人くらいは。」
「意外と少ないね。」
「同時に三人。」
「・・・・・・・・・・、ひどいなそれは。」
深くは言及しないけれど、まぁ自分も同じようなことを多々してきた自覚はある。
ロイは膝元にあるの頭を優しく撫でながら、どうしたものかなと苦笑した。
恋や愛を定義することほど難しいことはない。
「ちょっとお手洗い行ってきます。」
ぼんやりと目を見開き宙を見ていたは、そう言うとゆっくり立ち上がる。
急に胸元に嫌な感じがしたのだ。
「ついていこうか?」
「変態ですか。」
大丈夫ですよ、と薄く笑って部屋を出て行く。
急いで出て行ったつもりだったけれど、げほげほと咳は出てくるわ、我慢できそうになかった。
ゴポッ という奇妙な音と共に、ボタボタっと掌にはどす黒い血の塊。
ああ、急いで洗面所で洗い流さないとと思い顔を上げた。
そこには仮眠していたであろうブレダの戻ってくる姿。
彼との距離、僅か3メートル。
息を呑んだブレダが間近で解かってしまった。
「大丈夫ですか?」
彼は未だ私が誰かわかっていない様だった、これを好都合ととるか否か。
ブレダがこのまま部屋へと戻って大佐に話す確立は70パーセント、分が悪いと判断する。
諦めたようにひとつ溜息をはいて、声音を元に戻して口を開く。
「私です。」
「…か?」
姿は違えど言われれば「ああ、そういえば」と思うブレダにもひとつ頷く。
また今度話をするから、今は皆には黙っていてくれないかと頭を下げた。
「おねがいします。」
けほけほと咳を続けてまた少量の血液を吐くの両手はあと少しで零れてしまいそうだ。
ブレダは神妙な顔をしたの初めてのお願いを聞くことにした。
というよりも、聞かざるをえない表情をされてしまって、首を縦に振っていた。
「あまり無理はするなよ。」
「ありがとう。」
苦笑するはブレダに御礼を一言述べて、洗面所へと急ぎ足で去っていった。
病気なのだろうか、何にしろあまりいい状態ではなさそうだと思うブレダ。
彼女には言わないと約束したけれど、状況に応じてはそれも変えなければいけないかもしれないと思った。
ゲホッ ゴホ…
洗面所に向かったはトイレへと駆け込んで、ぼたりぼたりとどす黒い血液を吐き出す。
ヒトと妖魔の境目の摩擦は思った以上に酷くなってきているのかもしれない。
ヒトの感情が大きくなってしまった故に、妖魔部位の相乗反応が始まったのだろう。
食いつぶそうとしているのだろうか、私自身を。
「早くしないとなぁ…」
このままでは自我を失い、覚醒してしまう気がした。
アトガキ
どうなるんでしょうね、これから。