ひとりで、抱え込まないでよ。

 

泣きそうになりながら、そう言った私はきっと間違っては居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令室へと踏み入れたが、そこは蛻の殻といっても過言ではない。

言葉の通り、誰も居なかったその部屋へとたどりつくと同時に、私は緩みきったのだろうか。

意識を手放していたらしい。

 

目を覚ました時、いや正確には覚まさざるを得なかった。

どたばたとした空気が私の眠りを遮ったのだ。

 

 

「あら、ごめんなさい起こしちゃった?」

「いえ、こちらこそすみません寝ちゃったわ。」

 

ホークアイが、ゆっくりと起き上がった私に気づいてそう声をかけてくる。

私は腕に刺さった点滴の針を抜きながら、いえと返した。

 

 

「何かありました?」

「・・・まぁ、ね。」

 

曖昧に濁されるということは、ロイ絡みなのだろう。

彼女は従順な部下、そして誰よりも有能だから。しかしそれが命取りとなることだってある。

感情的に動けば動くほど、不利となる可能性は上がるのだ。

 

 

「大佐は?」

「調べ者をしていると言っていたけど、」

 

多分、さぼってるかと。苦笑する彼女も咎める気配がないのはきっとロイの尋常でない疲労を理解しているからだろう。

私は彼の居場所に心当たりがあった、少し出てきますねと言い残して部屋を去る。

 

扉をあけると、それだけで様々な気を感じた。

焦燥、叱責、疑心、・・・何か、あったな。

 

 

様々な場所で巻き起こる気の乱れに、ただ事でないことだけは理解した。

 

廊下をつかつかと歩いていると、いつもは笑顔で挨拶をする人間も私の存在に気づかないらしい。

何事だろう?そっと非常階段に身を潜めて、過ぎ行く人々の話を盗み聞く。

 

 

 

「マリア・ロス少尉だったなんてな、ヒューズ中佐殺しの犯人。」

 

途切れ途切れだったけれど、そう確かに聞こえた。

ざわりと、体の中の何かがざわめくのを感じる。これは誤報だ、故意的な何か。

だって、私は犯人の目星がついている。

 

 

何はともあれ、ロイに色々と吐かせるしかないなと思い脚を早めた。

 

 

ほどなくして、第三書庫に辿り着く。

肩までの髪に可愛らしい雰囲気の女の子が、びくびくとこちらを見ていた。

 

「い、いませんよ!」

「・・・何も、聞いていないんだけど。」

 

居るんだな、そう思って許可もとらずにそっと扉を開いた。

背後で彼女の「あぁああぁ」という悲鳴が聞こえたけれど、それを遮るようにぱたりと扉を閉める。

 

僅かな音でも敏感に感じて起きるはずのロイが、ぴくりともしない。

軍人失格だぞと思うけれど、それだけ疲れているんだなと思うと寝かせておきたかった。

 

 

 

 

「窒息しますよ。」

 

顔面に置かれた分厚い書物を優しく取り除き、顔色のあまりよくないロイを見遣る。

知っているけれど、彼は最近全く寝れて居ない。

もっと、頼ってくれてもいいのになと思った。

 

 

 

あどけない寝顔にかかる髪の毛を指先で退けてやると、くすぐったそうに眉間に皺が寄り、

ゆっくりと瞳が開いた。

 

 

 

 

「おはようございます。」

「・・・もう大丈夫なのか?」

「ええ、ご迷惑おかけしました。」

 

倒れた私を介抱していたのはロイだろうから、そう素直に礼を述べる。

今はロイのほうがあまりいい色はしていない。

 

 

真っ直ぐな髪の毛に僅かについた寝癖を手櫛でさっと元にもどしながら、こちらを見ているロイ。

彼はしばらく黙ったまま、こちらへ来いと手招きをした。

 

目の前に膝をつき、何事かと首を傾げると。

 

 

 

「おめでとう。」

 

チャリという音と共に、彼の内ポケットから出てきたのは銀時計。

・・・早いもんだなと思うのは素直な感想。

 

「ありがとう、ございます。」

「続き、」

「はい?」

 

不意に、ぐいっと引き寄せられる。

強引なそれに、バランスを崩したのは言うまでもなく、ロイの上へとどさりと落ちる。

 

 

 

「大佐…」

「何だ?」

「本当に、手が早いんですね。」

 

ものすごく冷めた目で彼を見ると、しばらく言葉に詰まった彼がたまらず笑い出した。

ここで笑うかと思うけれど、彼は笑っている。

 

 

「この状況で、そんなことを言われたのは君が初めてだ。」

 

何せ、私はモテるもんでな。

冗談めかして言う言葉は、本当だろうけれどあまり聞きたい内容ではない。

 

「ところで、ロス少尉のことですが。」

 

その話の続きを聞きたくないという理由、そしてそれと同時にこの騒然とした状況の理由。

話題を変えるのにはもってこいだった。

 

 

「早いな、情報が。」

「廊下で盗み聞きしました。」

「そういうことを、平然と言ってのけるな…。」

「軍人失格ですよ。」

 

まぁいいとロイが制して、彼は周りにちらばる書類を片付け始める。

それを手伝いながら、はロイの話を掻い摘んで聞いた。

 

つまり、ロス少尉が犯人だと言うのには不可解な点が多すぎるというもの。

軍にとって身内殺しなどという不利益な情報を何故こうも大々的に報じようとしているのかということ。

 

その答えを知っている私は、一瞬目を閉じて全神経を気配読みに徹する。

居ないなと判断して口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「ロス少尉ではないですよ。」

 

何故そんな事を知っているという表情をしたロイは、それ以上は聞くなというの顔を察して口を閉ざす。

それ以上、言うつもりはなかった。

 

 

「あと、この件に関しては深く突っ込まないほうが身のた…、」

 

来た。

 

 

 

 

ぴたりと止まったは、何も言わずに突然部屋を出て行く。

ロイは何も言わないが、彼も急いで最期の書類を仕舞って後にした。

 

先に部屋を出て行ったはずのの姿はどこにも無い。

不可解な点をいくつか覚えた。

 

 

 

何故、軍部内をこんなにも警戒する?

 

 

 

 

 

まさか、・・・まさかな。

 

 

 

 

 

 

一抹の不安を拭い去るように、頭を振ってみる。

それでも、嫌な予感は消えなかった。

 

 

 

この国家は、どうかしているのかもしれない。

そんな予感を、早く拭い去りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスタング大佐が、ヒューズの事を嗅ぎまわってる?」

 

案の定これだと、は頭をかかえるようにしてその場で息を潜め続けた。

何だか嫌な予感がして第三研究所へと忍び込んでみれば、この状況。

 

「かなり近いところまで知っているみたいだし。」

 

もう、遅いらしい。

彼はきっと、ブラックリストへと載ってしまったのだろう。

 

だから、調べるなと前から言ってあったのに。

どう逃せさせようかと、頭をフル回転させてみるけれど、そういう問題は彼自身の方が機転がききそうだった。

 

 

 

「万が一の時は、に始末させましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

私は、彼らに逆らうことは出来るだろうか。

 

 

 

きっと人質を沢山とられるのだろう、私はどちらを選ぶだろう。

そして彼は、どちらを選んで欲しいのだろうか。

 

 

 

出て行こうと思っていた気力は全てその一言で殺がれ、はそっとその場を後にした。

それから、どこをどうやって司令室まで帰ったのかいまいち覚えていない。

 

 

ロイの使用しているデスクの脇にある椅子に腰掛けて、そのままぼんやりと外を眺めていた。

どれだけそうしていたのか、あまり覚えていないけれど私が我に帰ったのは速報だった。

 

 

 

 

 

 

"マスタング大佐がロス少尉を殺した"

 

ばたばたとした空気の中に、そんな知らせ。

は軍部から飛び出して、騒然としている方向へと向かう。

どこかなど聞かなくても、すぐにわかった。

 

 

 

「どういう事だッ!説明しろー!」

 

エドの怒声が、私を誘導する。

ロイは普段どおりの冷静な声音でそれを制する。

 

辿り着いたその瞬間は、ロイがエドに手を上げる寸前だった。

 

 

ゴッという音と、エドの頬に飛ぶ拳。

 

「上官に手を上げるか、身の程をわきまえろ。」

 

冷徹な瞳でそういってのけるロイを見た瞬間、体が動いていた。

 

パシッ、そんな音と頬に走る痛み。

ロイはあからさまに嫌な顔をしてこちらを向いたけれど、はひかなかった。

 

 

「子供に手をあげるなんて、男として最低ですね。」

「ほぉ、上官だということをわかっているのか?」

 

権力を翳して私を威嚇するのはわざとだろう、表情と打って変わって瞳は優しさを帯びていた。

軍関係の人間が続々と集まる中、そうせざるをえなかった。

 

一方呆気にとられているのはエドとアル。

 

 

 

?」

 

「久しぶり、積もる話もあるけれど今はそれどころじゃなさそうだから。」

 

またね、そう言い残してロイと去っていくの背を見ながら、

再び燃え上がってきた怒りをどうにか静めていた。

 

肩を並べる横の人物に一言言い残しては、ファルマンが潜んでいる場所に向かう。

先ほど建物の上にバリーの気配を感じたから。

 

それともう一つ、何か違う空気を纏った気配を感じた。

 

 

 

 

 

 

アトガキ

ふーー、わからん。