駄目だって、わかっていたんだけどね。
彼女はそう言った。
それでも、止まらなかったんだ。

触れてはならない場所へと脚を踏み入れた彼らは、果たして右か左か。
そこら辺は抜かりないらしい、きっとホムンクルスの誰かあたりが細工をしていったのだろう。
私が追ってこれないように。
「仕方ないなあ…」
ポケットから一つコインを取り出して、高々と投げてみる。
音を立てて落下したそれは、ころころと左へ転がっていった。
今更足音を忍ばせるのもなと思い、靴音をたてながら左へと進む。
ほどなくして、大きな鎧が見えた。アル?何故ここに居るのだろうか。
まぁいい、彼らもこちらに気がついたようで、ホークアイが手をあげた。
「大丈夫?」
「ええ、なんとか。」
血の気の無い顔でへらりと笑ったに、ホークアイは銃をひとつ投げてよこした。
「これは?」
「銃よ。」
「見たらわかります。」
「あら。」
わざとらしく驚いてから、彼女は一息吸った。
そして真剣な眼差しで、私に一歩ずつ歩み寄る。
「中尉?どうかしましたか?」
きょとんと、緊迫したその場に似合わない雰囲気をするにホークアイは溜息をついてみせる。
そんな彼女にただただ首を傾げるしかできずに、は言葉を待った。
「無茶しないのよ。」
その力のことは、さっき大佐から聞いたわと続けて。
少しびくりとしたを宥めるように、ホークアイは笑った。
「知ってる?あなたに救われた人間が居るって。」
愛銃の弾の確認をしながら、一度こちらへ顔をあげた。
想像とは違った言葉には疑問符を浮かべる、誰も救った覚えなど無い。
「少なくとも、私も大佐も救われたの。精神的な部分でね。」
「私、何かしました?」
「『奪った命を後悔しているだけでは、その命に失礼だ。』と、言われたと言っていたわ。」
・・・そういえば、言ったなとは苦笑する。
といってもそれは自分に向けて言ったというものが正しいのだけれど、嬉しいことではあったのでそっと微笑んだ。
こんな自分でも、誰かを救えるのならば価値があるのかもしれないと。
「金槌で打ち砕かれた感覚だったわよ。」
「私はいつも中尉に撃ち貫かれそうな感覚です。」
「何か?」
「・・・・・・何も。」
茶化したを、無表情で狙う彼女に両手を挙げる。
鬼に金棒、リザに拳銃。
怖いこと、この上ない。
「大佐は?」
「分断された道、あったでしょう?」
「あっちですか。大丈夫かな?」
「ねぇ、僕の存在気づいてる?」
あ、忘れてた。そんな顔をするにくすりとホークアイが笑った。
もうーとアルが怒ったような声を出したから、も笑った。
「ちょっと、見てくるね。アル、何かあったらしっかり守るのよ。」
「え、それだけー。」
「それだけ、また後で話はしましょ?私も聞きたいことがあるの。」
「うん?わかったよ。」
じゃぁ、と彼らに手を挙げて、私は来た道を戻る。
三分ほど歩いて後ろを振り返ってみたけれど、暗くて何も見えなかった。
血の気の少ない今の体で少し無茶をしすぎたせいか、ふらふらと目の前が揺らいだのだけれど、
突如、前後左右、ありえない量の殺気を感じた。
「・・・プライド?」
影を自在に操る彼の仕業だろう、警戒を緩めずに本体のない彼に問いかける。
しかし、彼はなにも口にしない。
一歩、脚を前へ進めようと試みたけれど全身を影が巻きついてくる。
切り裂くことも可能だった、妖力開放すれば造作もないこと。
だが、
「できないのだろう?そんなに弱って、覚醒するぞ。」
その時は、お前が散るときだろう?
それとも、我らに加担するか?
どちらも良い選択ではないし、さらさら選ぶつもりもない。
ならば彼が何故ここで私を足止めしているのか…、
ズドン・・・
「なっ!」
爆音?ガス爆発…?
遠くから微かに匂ったそれに、は顔をしかめた。
ガス爆発、ロイが何かしたのだろうか、直感でそう思う。
しかしそこまでしなければならない状況というのは、あまり良いわけではないのだろう。
そして目の前で足止めをしているプライドの意図。
「殺すつもり?」
「・・・残念だけどね、この奥まで行かれると父上が居られるだろう?」
くすり、と彼は笑う。
さて、君はどうするんだい?と、言っているのだろう。
「どうしろ、というの?」
嫌な汗が流れて、一抹の不安を拭うように額に手をあてる。
彼は一体どうしろというのだろうか。
「一、ここであの人達が死ぬのを待つ。ニ、ここは行かせてあげるけど、彼らを自分で殺す。三、妖力開放に失敗して自ら命を絶つ。」
さて、どれにする?と挑発するように彼は笑う。
姿は見えないけれどどこか馬鹿にされている感覚は五感で感じ取れた。
そんなの、決まっている。
妖力を開放した、ギリギリのラインまで。
「妖力開放に、失敗しなければいいことでしょう。」
カッと瞳を見開いて、早急に満ち渡る妖気を全身系でコントロールする。
出来ないと思うから出来ないんだ。そう昔ヒューズに怒鳴られたことがあった。
出来る、あたしは出来る。
漲った力で剣先を操り、纏わりついた影を切断していく。
正直、限界が近いなということは悟っていた。
でも、そんなことは行ってられない。
四、妖力開放をしてロイ達を助け、覚醒した場合命を絶つ。
こんな選択肢だってあるんだ、は笑いながら人と少し離れた容姿のままプライドに牽制する。
まさか開放するとは思っていなかったのだろう、影が一斉にじりりと引き下がった。
今しかない、そう思ってはその場を駆け出した。
もちろん、影への牽制攻撃はお土産として置いて来る。
どうやら引き下がったらしい、影が一気に消え去る気配を感じた。
それを確認しつつ、速度は緩めない。一分一秒、早く、早く辿り着け。
息を切らせて辿り着いたその場所で始めに見た光景は、一面の紅蓮、・・・いや違う。
赤、 赤、 紅。
鉄臭い、
一面の赤。
何かが、弾けてしまうのをどこか他人の感覚で感じた。
だって、目の前に居るハボックが丁度腹を貫かれている瞬間で、
ああ、どうしてもっと早く来れなかったんだと懺悔する余裕さえない動揺をしていた。
「ハボォォォォックッ!!!!!!!!!!!」
ただ、悲鳴のように絶叫するに気づいたハボックは、「女運わりぃ…」と悪態をついていたけれど、
そんなことを言っていられるほど良い出血量でも患部でもないのは見るからで。
ラストが居ることなんて構わずに、彼に駆け寄った。
「少尉っ!ハボック少尉っ!!ハボック!!!」
「・・・揺すンなー、ほんとに死ぬぞ」
動揺しきっていたはハボックをゆさゆさと揺さぶり、彼は苦しそうに笑いながらそれを制止した。
その手を握った瞬間意識が途切れたのかパタリと倒れふすハボックの持つ銃を、ロイがパシりと手にする。
そこで、やっとロイが居ることに気づいたは自分の狼狽ぶりに頭を軽く振る。
落ち着け、落ち着け。
そう自分に言い聞かせるように。
「駄目ね、もう助からない。」
そんなの行動すら踏みにじるように、ラストは笑ってそう言った。
途端に迸ってしまいそうな妖気をなんとか抑えて、唇をきりりと噛んだら血の味がする。
そうしている間にも、ロイは手にした銃でラストを一発ぶっ放す。
「いや、助ける方法なら、」
後ろへ仰け反ったラストをそのまま張り倒し、脚で踏みつける。
「ここにある。」
ズプリと勢いよくラストの核へと手を突き刺して、ロイは賢者の石をむしりとる。
ぶちるぶちりと皮膚細胞が千切れる音が聞こえて、は僅かに顔をしかめた。
人を斬ったことは何度もあるけれど、千切ったことはない。
「賢者の石に錬成増幅効果があるというのは貴様の再生力でわかった。」
部下の治療に使わせてもらうぞと吐き捨てて、取り出した賢者の石を右手に持ったままハボックへ駆け寄った。
何故気づかなかった。知っていたのに。
ロイの右手の中が、再生を始めていると気づいたのは彼が気づく少し前。
「ロイっ!ダメ離して!」
大声で叫んだ時には、上半身の大部分を再生し終えてロイの腕をしっかりと鷲掴みにしたラスト。
「なっ!」
「レディの胸元に手を突っ込むなんて、乱暴じゃなくて?」
嘲笑うような表情で彼を見たラストは、余裕の表情でロイの左胸の辺りを貫こうと触手を伸ばす。
その一つ一つの動きが、まるでスローモーションのようにの目の前で起きた。
手を伸ばしても、駆けても届かない。
彼には、届かなかった。
ドスッ
鈍い音が響いた。
ロイィィィィィィイイイイイ!!
女の絶叫と、
ドォォォォーーーンッ…
メキリメキリ、と、変わり果てた姿は辛うじてだとわかる位だった。
アトガキ
祝、覚醒(祝えない…。