消えそうに咲き誇る君の脆さは知っていたのに、
こんなに呆気なかったなんて、私は何て愚か者なんだろう。
そしてそんなにも、私の存在がの中で大きくなっていたなんて気づかずに、
ごめんね、。

ギガァアアァァァアア…
奇声のようなうめき声が、その場に響いた。
それはキメラやホムンクルスの発するそれではなくて、目の前のの変わり果てた姿。
「まずいわね。」
ラストはそう低く呟き援護を求めるが、誰も出てくる気配などない。
先ほどまで居たはずのプライドさえも、どこかへ消えていた。
「まぁいい、他にもネズミが入り込んでいるみたいだし。そちらを始末してこようかしら。」
アルとホークアイのことだろう。
微かに残る人の部分でそんなことを思う。
ダメだ、ダメだ、こんなままじゃ。
そんな思いも虚しくラストは颯爽とその場を後にした。
グゥゥと唸るを倒れているロイはちらりと盗み見る。
「。」
「ガ?」
人でないはくるりと振り返るけれど、それはやはり人でない。
恐怖とかそんな感情よりもなによりも、彼女が覚醒したきっかけが自分だということに憤りを感じた。
すまない、。
「戻してやるから、待っていろ。」
出血のひどい体に鞭をうち、立ち上がるロイ。
それを視界の隅に見たは、自分にできた尻尾のような触覚で彼をそっと横に倒す。
このままでは、死んでしまう。彼がホークアイを助けに行って死ぬのは耐えられないのだ。
それくらいならば、私が行こう。
どうせ、戻れない身なのだ。
私に待つのは妖魔としての、死、のみ。
文字通り滑るようにロイへと近づいたは、既に言語を喋ることが不可能となっていた。
だが頭では理解できる、辛うじて。
伸びた触手の先端で床に文字を綴った、さよならの言霊。
Thanks,sir.
貴方に出会えて良かった。
どんな生き物よりも夥しい気迫を漂わせている彼女が、一瞬笑ったように感じた。
顔はすでに能面のように凝り固まっていて何もわからないけれど、ロイには不思議とわかってしまった。
彼女が、これからどうしようとしているかも。
数多の触手を振り回しながら、は人知を超えたスピードでその場を去ってしまった。
きっと、ホークアイとアルフォンスのところだろうということくらいロイは知っていた。
ラストは消滅するだろうけれど、きっと一緒に、
も消えるのだろうと。
"その程度の男か、お前は。"
不意に、もうこの世にいない男の声が聞こえた。
正確に言えば彼ならばそう言うだろうという予想を自分の脳が起こした幻覚だったのかもしれないけれど、
それでもロイは立ち上がった。
守るために、部下を。
そして、大切だと感じたその存在を。
「まだ、いけるだろう?私はここで終わる男ではないよヒューズ。」
ぼろぼろの状態のまま、勝利を確信したような笑みを浮かべて血の錬成陣を描く。
出血が止まらない腹は、焼けばいい。
止まるまで、焼けばいい。
とりあえず、先にハボックだな。実験してから自分を…
この状況でさえ、結構残酷なことを考えていたのはさすが大佐としか言いようが無かった。
「待っていろ、。」
もう姿のない最愛の女へ、そう呟いて。
「すぐにあの上司のもとへと逝かせてあげるわよ。」
ラースが皮肉な笑みを浮かべて立っていた。
無我夢中で辿り着いた先には、我を失っているホークアイ中尉。
常に冷静沈着な彼女がこんなにも動揺しているのはきっと、忠誠を誓うロイ絡み。
「き、さまぁぁああぁあああ!!!」
ズドンズドンズガガガガガガン…
持ちうる限りの弾を発砲したら、後がないということくらいはでもわかる。
そんな判断すらできないほど彼女は動揺していたのだろう。
誰もかれも、ロイには脆いなと苦笑した。こうして人に戻れなくなった自分の姿をも含め。
「本当に、愚かで脆い悲しい生き物ね。」
ラストがそう言い一歩ずつホークアイに近づく進路を阻んだのはアル。
「中尉立って、逃げるんだ。」
アルが振り絞った声でさえ、ホークアイには届かないし動く気配もない。
ラストはズプリとアルを突き刺した。最も彼には痛点などないので呻きもしないが。
「困った子ね、先に死にたいの?」
させないよ。
そうは、させないよ。
ギガァァア、そんな奇声と共に突然気配と殺気を膨張させた。
こんなにも近くにいてさえ彼らは気づいていなかったのは、彼らが動揺していただけでなく開放した技量だろう。
「ッ!!!!」
「?」
アルは叫び、ホークアイは目を疑った。
目の前に居るのは寧ろ強敵と思えるほどの容姿をしている。
これがロイの言った覚醒というものなのだろうか、だとすると、
彼女は死ぬしかない…。
ギシャァァァオオァアァアアアーーーーー…
声にならない声は不気味さを帯びていて、の伸ばした触手はラストを次々と貫いていた。
いや、違う。
触手全体で皮膚組織を溶かしながら切断していた。
人の姿をしていたラストは、呆気なく細切れになって転がっている。
どこが顔でどこが脚でなどもはやわかるものではなく、それでもひくひくと動く彼女はきっとまだ死んではいない。
「戻って、戻ってよっ!だめだよ、僕なら大丈夫だからっ!だから、」
戻ってよぉぉおーーーー!!!!
アルの悲痛な叫びが、彼女の行く末を益々不安なものとさせる、
彼の叫びが正しいのならば、彼女を待つのはやはり死だけ。
「お願いだよ、守るから。僕が絶対みんなを守るからっ!」
「よく言った、アルフォンス・エルリック!」
ああ、ロイ。 無事だったのね、良かった。
轟々と燃え盛る焔を見ながら、ほっと息を撫で下ろしたは笑っていた。
顔は笑えないから、そっと中で。
「死なないのならば、死ぬまで殺すのみ。」
ロイは間もなくラストを倒すだろう。
彼女の再生能力にも限界がある、それを確認してはその場を去ろうとした。
しかし、目の前にはホークアイとアルが立ちふさがっていて…
どいて?
声にならない声を出したけれど、実際漏れたのは「ギガァ…」という奇声のみ。
しかしそれでも何かを悟ったようにホークアイは言った。
「退かないわよ。あなたを戻すまでは、」
「、戻ろう?」
目の前に人間が居るというただそれだけだが、内臓が欲しいと思ってしまうのは既に妖魔に侵食されてきている証拠だった。
そんな悲惨な結末は死んでも死に切れない、は彼らをそっと伸ばした触手で脇に追い遣った。
アルは精一杯大きな鎧でガシャンガシャンと抵抗を試みるが、びくともしない。
ホークアイは、発砲した。
…発砲した?
ズガガガガガガガガガン…
「ギガァアアアァァァアアア…」
床に落ちたマシンガンを蹴り上げて手にした彼女は、へ向けてぶっ放した。
ありえないわ。きっと、エ●ァンゲリオンのあの方ならそう言うだろう、恐ろしい。
残る理性で心底怯えた。
「ちゅ、中尉…。」
アル、ドン引き。
「戻りなさい!また撃つわよ!」
撃ったじゃん…。
アル、再びドン引き。
いけないとは思ったけれど、時間がない。は伸ばした触手で彼女のマシンガンを粉砕し、彼女を部屋の隅に少し強く投げ飛ばした。
ぐぁ、と悲鳴をあげるホークアイにごめんねと呟いて。
このままだと一番に餌食となるのは間違いなく彼女だろうから、
もう時間がない。
うっすらと途切れそうな意識を最大限まで拡大して、なんとかかけ離れた人の姿から少し戻れた。
しかし伸びた尻尾から出る触覚などはあるので、もう人ではない。
顔だけは、表情を作れる程度には戻れる、しかし最期だろう。
持って、あと2分。
「ごめんね、もう保たない。」
半覚醒の状態ではそう言いながら、申し訳なさそうに笑った。
壁にもたれながらもなんとか立ち上がろうとするホークアイ、いやだと絶叫するアルフォンス。
「」
一番欲している相手、ロイが目の前までつかりつかりと歩みよる。
無表情のロイに、はどこか違和感さえ感じた。
彼は、こんな顔を私にするだろうか。
「ごめんね、ロイ。」
殺してくれないかな?
落ちたマシンガンを彼に投げ渡し、そう残酷すぎる現実を言った。
「無意識に防衛してしまうから、意識を最大限まで引き伸ばして防衛本能を殺す。その隙におねが、」
ごめんよ、。
耳元でそう小さく呟いたロイは、を抱きすくめていて。
意識を伸ばしきれていなかったは、反射で彼を、
貫いていた。
「私の命と引き換えでもいいから、どうにかならないか?」
苦しそうに顔を歪めながらも、決して抱きしめたを離すことはなくて。
はその目の前で起こる現実をどう処理していいかもわからずに、ただただ立ち尽くしていた。
胸を締め付けられるような感覚。
「どうにも、ならないんです。」
胸が苦しいと感じるのは、きっと精神的な者。
生温い現実に、戻りたいと切望してしまいそうになる自分を振り払った。
そんな時間は無駄でしかない、下手をして完全に覚醒すると元もこもないのだから。
「・・・許さない、許さないわよ!」
「そうだよ、死ぬなんてダメだよ。一緒に見つけようって約束したじゃないか!!」
ごめんね。
果たして声になったかどうかはよくわからないけれど、そう呟いた。
目の前で苦痛の表情を浮かべるロイだけはそんなに気づいて、もう苦しまなくていいんだよと笑った。
ただただ悲しくて、涙が止まらなかった。
だから気づかなかったんだといえば、いい訳だと馬鹿にされてしまいそうだけれど、
「久しぶりだな。」
背後で突然妖気を感じた。その声を、そしてその妖気を知っている。
はロイを突き刺した触覚が抜けぬように気をつけたまま、背後を振り返る。
「ガラテア…」
「ちょっと通りかかったら久々に妖気を感じたもんで寄ってみれば、無様な姿を晒しやがって。」
過去の組織のナンバー3、ガラテア。
同じクレイモアで生き伸びている者がいるとは、知らなかった。
ガラテアは伸びてくる触手をいとも容易く叩き落しながら、こちらへ近づいてくる。
ロイは全く現状をつかめず、静観に徹することにした。
は泣きそうな顔をして、ガラテアを見つめる。それを見つめ返していたガラテアが薄く笑った。
「わかっているな?」
こくりと一つ頷いたは、瞳を静かに閉じた。
ガラテアの得意とするのは相手の妖気を敏感に感知すること。そして同調することもできる。
戦闘においては、相手の妖気の細部までを易々と読み、繰り出す攻撃全てを予測するのだ。
そして、今彼女は同調しようとしている。
眩しいと感じる光が生まれた、そこの中心へとガラテアは居て。
ロイは離れた場所まで触手と共に避難させられる。
そこへホークアイとアルが駆け寄ってきて、彼の介抱をしつつも目の前の光景に目が離せずにいた。
段々と触手や伸びた尾、そして裂けた口や目尻が元に戻っていく。
人知を超えたその現象を彼らはただ黙ってじっと見守っていた。
しばらくした後、ロイに突き刺さっていた触手も消滅した。
出血がひどく、彼はそこで意識を手放してしまうけれど、きっとは戻ると確信していたからだろう。
ぱたりと動かなくなったロイを抱きとめたアルは、目の前の光が弱まっていくのを感じた。
地面に衝突するかしないか、その瀬戸際まで崩れたを担いだガラテアが立っていた。
しばらく考えるようにした彼女はホークアイの側まで歩いて、彼女にをぽいっと投げた。
まさか投げると思っていなかったホークアイはぎりぎりのところで抱きとめてもろとも床に尻餅をつく。
「うちのが世話をかけたな、叱っておいてくれ。」
態度とは反して、優しい瞳でを見つめるガラテア。
彼女はあの時代、とてもを可愛がっていた。そしてはガラテアから全てを学んだといっても過言ではなかった。
「あなたは・・・?」
「クレイモアの残党だ。もう会うことは無いだろうがな。」
無表情でそう言ったガラテアが少し寂しそうに見えたのは、きっと気のせいではない。
彼女は耳にした銀灰のピアスを片方取り、ホークアイに差し出した。
「これをこの子に。お守りだ。」
ホークアイがかかえたの頬をそっと撫でたガラテアは、そう言い残して出て行こうと外へ向かう。
そこでふと思い出したように振り返った。
その視線の先にはロイ・マスタング。
「この男に言っておけ。こいつを守りたくば、もっと強くなれと。」
それにしても、は幸せ者だなと笑って、
彼女は本当に跡形もなく去っていってしまった。
呆然としていたホークアイとアルの思考をかき消すように、救護班が駆け込んでくる。
意識の無いロイと、そしてハボックを引き渡してアルはホークアイと共に外へ出た。
互いになにも言わない、正確にいえば言葉にならないと言った感じか。
ただ共通して思っていたこと、それは、
を守らなければ、という事。
彼女はきっと今回のことでかなり責任を感じているだろうから。
を、守らなければという事。
アトガキ
ゲスト出演のガラテアさんでした。