静まり返った病室に響く寝息は、ひとつだけ。
暗い室内の白い天井も今は黒く目に映り、様々な悪夢のような出来事が頭を過ぎった。

ポンという小さな音をたて、ぼんやりとカーテン越しに銀色の光が生まれた。
真っ暗な病室で異質の色を放つそれに、思考を飛ばしていたは我にかえる。
この部屋で錬金術を使えるのはロイしかいない。
カーテンで仕切られた隣の病床からふよふよと生まれた銀色の光がこちらへとやってきた。
『…しゃぼん玉みたい。』
仕組みはわからないけれど、彼なりに「銀灰」と洒落てやったのだろう。
銀色の光は触れても破けることもなく、中に一枚の紙切れ。
隣でひとつ、指を鳴らす音が聞こえた。それと同時に目の前の銀色の不思議な珠もパチンとはじけて紙切れが掌に落ちる。
そこには、大丈夫か?というシンプルな質問が書かれていた。
けれどそれだけで、笑いが漏れる。
どうしてこうも、彼はこちらのことばかりに気を向けるのだろうと。
スリッパの音が立つことさえも鬱陶しくて、裸足で床に脚を下ろした。
カーテンの向こうには彼が居る。
「ロイこそ、大丈夫?」
まさかこちら側までくると思っていなかったのだろうか。
カーテンを静かにめくりそう小声で尋ねると、ロイは目を見開いてこちらを見ていたかと思えば薄く笑みをつくる。
「大丈夫に見えるか?」
「いや、全く。」
包帯だらけの彼の腹を軽く押すと、恨みがましい目と悶える姿。
思わず笑いが声になるけれど、ロイはそっと口を押さえてを黙らせる。
隣にはハボックが寝ているのだ。
「言っておかなければならんと思って、先に言うがお前のせいじゃない。」
穏やかに笑んでいた彼が、急に真剣な顔をしてそう言った。
何を言うつもりだろうと身構えてはみるけれど、想像してみても限界がある。
「ハボックは、脊髄まで傷が行って退役することになった。」
思いも寄らない言葉に、しばらく思考が停止する。
…何、今なんて言った?
ぽかんとした表情をしているが現実に気づくまで数秒、それは呆然とした表情に変わる。
大きく目を見開いたにロイは手でその気迫を制した。
「言っただろう?お前のせいではないと。」
「・・・でも私が、守れなかったか、」
「そんなことを言われてハボックはどう思う?」
「情けないとしか思わないッスねー、女に守られるなんて。」
二人同時に真横のカーテンから聞こえてきた声に絶句してばっとそちらを向くが、カーテンは閉まったままで視線が合うことはない。
しかしその雰囲気をさとったハボックは、軽く笑ってこう言った。
「それにうちの大佐、人使い荒いからこんな状態の俺に『追いついて来い』って言ったからな、。」
「・・・・・・そんな目で見るなそんな目で。どこで覚えてきたんだ一体。」
「ロイと出会ってからですが何か。」
昼間、ロイと呼び捨ててしまっていたのでもうあえて隠す必要も感じなかった。
そして軽い感じで話すハボックはいつものことだったけれど、それでもその言葉のなかに決意を感じたのだ。
それはただの勘でしかない、でも勘が一番信じられるときだってあるでしょう?
なんとなく、だって彼には支えてくれる人だって居る。
「ときに、こんな時間に寝間着で大佐の近く居たら危ないだろう。」
「いや、万が一のときは叩き臥せるから。」
「・・・そうだな、いや聞いた俺が悪かった。」
「おい、お前ら本人を抜きで勝手に会話をするな。それに私は今生憎の怪我で襲いたくても襲えないのだよ。」
襲えたら襲うんだこの人。
なんだか嫌なことを聞いたかのように、ふたつの溜息が同時に漏れて思わず笑った。
「ねぇハボック、退役するなら聞いて?」
「お?おぉ、何だ改まって。」
―――もう、隠しているのも何だか嫌になってきて。
ぽつりと呟いて、は隣のカーテンを静かに引いた。
そこには少し複雑な表情をして笑うがいて、ハボックでさえも上手く笑えていないなとわかる。
「私、今でも人を殺してるの。」
何を言い出すかと思えば、真顔でそんなことを言ってのけたにハボックは馬鹿かお前はといった表情だ。
「軍人なんだから当たり前だろお前?時にはそんな結末になっちまうことだってあんだよそりゃ、暴動とかで。」
「そんなんじゃない。」
ぴしゃりとハボックの言葉を否定したは、また悲しそうに笑っていた。
「そんなんじゃ、ないんだ。」
ぽつりとそう言った彼女はそれきり黙りこんでしまった。
時々眉間に皺を寄せたり、唇をかみ締めたり、それでも絶対に泣いたりすることはない。
その姿が逆に、痛さを増幅した。
「、もういい言わなくて。俺は・・・、俺達はそれくらいじゃお前のこと嫌いになんねーから。な?わかったか?」
「ちがうっ!違うんだよ…、私はっ、・・・私は、」
何の罪もない人を、「殺せ」と言われたからただ無表情で消している。
―――言えるわけがない。
「だぁーもぉっ、そんな顔すんなって!お前だって何か事情があんだろ?なら仕方ない、だから俺はお前のことを嫌いになったりしない!」
文句あるかこれで!
そう怒ったように捲くし立てたハボックに、ロイは苦笑する。
その苦笑の意味に気づくのは数秒後、「いってぇ・・・」と腹を押さえて呻くハボックだった。
は目の前のハボックの気迫に圧倒されて、口が開いたまま立ち尽くしていた。
そしてなんとか紡ぎ出した言葉は、
「バカでしょハボック。」
プラス、言葉とは反して溢れ出た涙のオプションだった。
なんだか自分がこんなにもうじうじと悩んでいることを、たった数分で蹴っ飛ばされたこの感覚をなんと言えばいいのだろう。
言葉には表せないけれど、ただ涙と笑いだけが止まらなかった。
それだけで全てが解決したわけではなかったけれど、少し重荷が消えた。
きっとそれはハボックが持って去ったのだろう、バカなハボック。
なんて愛しい、仲間のハボック。
「大佐、寝てるし。」
ハボックが指をさして呆れたような顔をしていた。
けれど、どこかほっとしたような顔もしていては首を傾げる。
「なぁ、俺もうこの人と一緒に居られねーだろ。頼むな、このバカな上司を。」
バカ呼ばわりされようが、ぴくりともしないロイを見ればきっと本当に眠ってしまったのだろう。
つながれた点滴には安定剤でもはいっていたのだろうか。
「なんか、最近同じことを言われた記憶があるんだけど。」
「あ?」
「ヒューズに。」
「・・・あぁ。」
「で、ハボックも私にロイを頼むって言うの?」
「あぁ、あとホークアイ中尉含め部下全員よろしく。」
何だか、無性に腹が立った。
決して本気で怒っているというわけではないのだが、言ってやらねば気がすまないことだってあるでしょう。
「知るかっ!生きてんだから自分で這い上がってきなさいよっ」
言ってから、あぁロイと同じこと言ってるわと気づいたは目の前で目を丸くしているハボックに気づく。
そして声を出して笑い出したハボックの口を慌てて押さえ、そういえばさっき自分もこんなことをされてたなと苦笑する。
「大佐に似てきたな。」
「元から似てるのよ多分。」
あぁ嫌だと吐き捨てたの顔が本当に嫌そうだったもんだから、ハボックはまたしても笑い出す。
なんだかどうでもよくなって、も笑ってしまった。
背後で薄く笑みを浮かべて、本当に眠りについた男など知らず。
いつだって、望んだこと以上の答えが返ってくるんだこのひとたちからは。
だからこうやって、甘えが出てきてしまう。
ハボックも寝て、静まった部屋のなかロイの寝顔を見てそう思う。
血色の悪い顔をしたロイの頬に手をあてて、小さくありがとうと呟いた。
「どういたしまして。」
彼女は知らない、いつだってこの男が一枚上手だということを。
二つの寝息が聞こえてきた頃、男はそう言いながら優しく微笑み自分のベッドに伏して眠る彼女の頭をやさしく撫でたのだった。
アトガキ
不審です。