誰も居なくなった執務室にひとり佇んでいるロイの背中。
何もかも奪われた彼の背中は少しくらい小さく見えてもいいはずだが、不思議とそうは感じない。

「寂しいね。」
「ああ、誰も居なくなってしまったからな。」
目を奪われていた背中から視線を外し、かつりと部屋へ足を踏み入れる。
それに大して驚いた様子もみせずにロイはこたえた。
「大丈夫?」
「おいおい、誰に向かって聞いてるんだね?」
振り返ったロイの表情は、まだ奥の手を持っているというそれ。
さすがロイだなとは笑った、彼を見くびってはいけないのだ。
「あまり良い状況ではないから、気をつけてね。」
出来ることは、なんだってするからねとは言う。
ならば彼女の知りうる情報すべてを聞き出したいところだが、彼女にも彼女の立場がある。
いつだってできるその行為をする気にはなれなかった。
「少し、空けるよ。」
「そう・・・。」
「ついてくるか?」
「どこへ?」
何処へと問いながらもは上着へ腕を通し仕度を始めていた、ついていくという意思だろう。
ロイはコートを羽織り、ただの外回りへいくような身軽な格好でドアへと向かう。
一瞬別行動でついていったほうがいいかなとも思ったが、を探る気配もなかったので連れ立つことにした。
「ねえ、ロイ。」
後ろを歩くが名前を呼ぶ声は、いつもとどこか違っていてロイは振り返る。
彼女は笑みを作るでもなくただの無表情で、ひとつ口を開く。
「私は大佐のために軍の狗として動くから、絶対に離れないから、だから、」
「だから?」
あけようとした唇は、しばらくして閉じた。
その間言葉が発せられることもなく、何も音を紡がずに終える。
小さく首を横に振って、は再び歩き出した。
「だから?」
彼女の様子にただならないものを感じたロイは再びそう聞くが、は振り返ることなく前へ進む。
そう、前へ進むだけだ。
「だから?」
「・・・はぁ。」
三度目の静止にも溜息をひとつはいた、せっかく前向きに考えようとしていたのに。
そう呟いて振り返りロイを見る。
「あなたの命を奪おうとしたときは、容赦なく私を燃やしてください。 本気で。」
そう言おうとしたけどなんだかネガティブだからやめたんですと、付け加え。
ロイはその事実に気づいているのかいないのか、曖昧に返事を濁した。
ああ、この人はわかっているのだろうか。
突如、イライラとした感情が沸々と湧きあがる。
「私が我を失えば、あなたの内臓を引き千切り食べてしまいます。」
「出来れば腹上死にしてくれ。」
「人が真面目に話してるのにっ、現実をもっと、・・・もっと。」
感情というもののままに言葉をぶつけてしまうと、途端に目の前を走馬灯のようにスライドが駆け巡る。
赤、
鉄の臭い、
飛び散った内臓、
ころりと転がる眼球、
恨みを嘆きながら事切れたヒト…
笑いながら内臓を貪る私。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
息が苦しい、胸が苦しい、呼吸をするのもすべて遮られる。
あなた誰、
あなたは私、
あれは誰、
あれは私、
あれは・・・・・・・・・・・・・・私。
途切れた記憶が繋がった、あの時の記憶。
私が軍人の男の内臓を引き千切って出して、ぐちゃぐちゃと食べた、あの記憶。
妖力を使いすぎて、人か妖魔かどちらに近いかわからなくなっていたあの、記憶。
口の周りを胆汁と血液だらけにした私を見つけたのは、ヒューズだった。
「 」
「・・・ヒューズ」
「確かにここはヒューズの墓だがヒューズではない。」
しばらく混乱した頭を抑えこみ、乱れた呼吸を整える。
気づけばロイの腕が私の体を包んでいた。
なんて生温いんだろう、そう思う。私には似つかない腕。
「すみません。」
「謝る必要はないだろう?」
抱きしめられている腕が、胸板に寄せている頬が、全てが甘酸っぱくて目を細めた。
あれは過去だ、そう自分へいいきかせながら再び息を大きく吸う。
この腕に全てを委ねたいと思う気持ちと、似つかわしくないと思う気持ちの葛藤。
賭けてみたいなと、思った。
好きだという気持ちは、ちゃんと伝えないと。そうウィンリーが言っていたから。
「私は、軍人の内臓を切り裂いて食べたことがあるの。」
少し驚いたような顔をしたけれど、それは一瞬。
続けてと促されて、私は口をひらく。
「はっきりとした記憶はないけど、食べたあとの惨事を見つけたのはヒューズだった。」
何故、ヒューズを殺さなかったのかははっきりいってわからない。
それは自我とかそんなところではなく、そのときの私の本能だけだから。
けれど彼が私の自我を戻してくれたということだけは覚えている。
「あまり記憶がないから正確にはいえないけど、それくらいかな。」
「なんだ、それだけか。」
「それだけって…」
「『死ねー、虫けらどもー』とか言いながら殺戮を繰り返したのかと。」
「私はゴキブリじゃない!!」
シリアスな場面をがらりと変えた彼に感謝した。
私は大きな決心をしていたから、そこでやめるつもりなどない。
逸る心臓の音をきかないようにしながら、顔をそっと上げてロイを見上げた。
「それでもまだ私を側で仕えさせてくれる?」
「あたりまえだ馬鹿者。私をなんだと思ってるんだ?」
無能。
迫り来る焔を寸でのところで避ける、錬金術はヒトにむけてはいけませんって習わなかっタの!!!
くすくすと笑いあうその空間や時が、好きだった。
「好き」
だから、言ってみた。
「何かの呪いか?」
虫けらの一員にしてやろうかと、真剣に思った。
なんだか脱力してしまい、はぁとひとつ溜息を吐く。
くすくすと笑うロイの声で、からかわれていたなと恨みがましい目で睨んだ。
そしてひとつの不安が脳裏をよぎる、これは拒否だろうかと。
彼は優しいから、私の気持ちを直接拒むことはしないだろうから。
やんわりと、遠まわしに…、
「もう一度、言って?」
にやりと笑うロイに、不安は全てが流れ落ちた。
それと同時に湧き上がってくるのは、羞恥心、ひどく心臓が早い。
熱っている頬をそっと包まれた。
「う・・・」
「言って?」
じゃないと、ここでキスするよとロイは笑っての様子を面白そうに見ている。
完全に掌の上を転がされている感が否めなかったが、それもまた悪くないなと思った。
カツン、と杖の音がする。
「お邪魔かしら?」
振り返ると、喪服を着た老婆がひとり花束を持ち立っていた。
壊れた空気に安堵しながらどこか寂しさを感じる。
ロイは目の前の老婆に話しかけて、凍った。
私はそんな光景を見て、ひとつ首を傾げる。どこかで会ったことがあるような…。
「そんな顔をしないでくださいな、。」
ふぉふぉふぉと笑う老婆が途端に気持ち悪いものに思えてきた。
この声には覚えがある、ああ、なんて格好してんだこのおっさんは。
というかホークアイが見たら泣くだろう。
「中将、最近の言葉で言うと、きもいです。」
「ふぉふぉふぉ、光栄光栄。そんなに気持ちイイか?」
「気持ち悪いわ爺!」
横でロイは爆笑していて、は目の前の女装グラマンにつっこみをいれる。
遠めで見ればとくに疑問も抱かないが、至近距離で見ると無理がある、ありすぎる。
「それより、マスタング大佐はうちの孫を貰ってくれるんじゃなかったかしら?」
喋り方は女装版のまま、グラマンは続ける。
中身がわかっているだけにミスマッチすぎて、は目尻に涙をためながら笑った。
「生憎と、彼女がおりますゆえ。」
「若いもんはええの・・・、ところでこんなところに居たのかは。」
「中尉からは何も聞いてなかったんですか?」
抱き寄せられた腕をさらりとかわし、はグラマンに向き直る。
ショックを隠しきれないロイの表情はいつものことなので、今更誰もかまう人間はいない。
「あまり連絡をよこさんのでな、仲良くやっとるか?」
「彼女の愛銃に可愛がられてますよ。」
「・・・・・・仲がよいの。」
仲が良いで片付けた、この爺さん。
何はともあれ元気だということを聞き安心したのだろう、少し胸を撫で下ろしていた。
彼も歳をとったなとは笑った。
「昔はひよっこだったのにね。」
「いまでもまだぴちぴちじゃい。」
「びちびちじゃない、今にも死にそうな魚ですよ。」
「・・・言うようになったな。」
「この上司と銃で躾ける部下を持ちましたから、強くならないと生きていく術すらみつけられませんね…。」
年寄りに会うたび、私は自分がどれだけ歳をとったのかを実感する。
見た目はなにひとつかわらないのに、私は彼らよりももっともっと長く生きてきたから。
歳をとらないということが、どれだけ寂しいことかわかるだろうか。
皆、私を置いて去る。
遠くを眺めて、置いて去ったヒューズのことを想った。
隣で彼らが会話をしていたけれど、そんなことは今はどうでもいい。
彼は、元気にやっているだろうか。いまは、痛くない?
守れなくて、ごめんね。
「泣きつくときが来たらとチェスのなかに極秘連絡用メモを隠しておいたが・・・」
グラマンの顔が軍人のものに変わる、彼はかなりの実力者でキレる男だということを私はよく見てきたから知っていた。
ロイの背後は強力だなと、そう思った。
私が居なくても、大丈夫かもしれない、そう思った。
「まさかこのおいぼれを焚きつけるために呼び出すとは。」
一歩、外へと足を踏み出してみる。
一歩大きく、先回りされて捕まった。
「私、居ないほうがいいかな。」
「何を、」
「ヒトの世界に、介入すべきじゃない気がしてきた。」
「なら、ヒトになればいい。」
「そんなに簡単にいかない。」
人体錬成をするリスクは、今の私には大きすぎて耐えられそうにない。
それこそ誰を錬成するというんだ?
ヒューズか?彼はそれを望んではいないだろう。
ならば誰を?
「まだ、無理。」
それ以上はロイも突っ込んではこなかった、少しそれに安堵する。
今更彼に虚勢を張ったりする必要などないとわかってはいるのに、怖いと泣き叫ぶ勇気がなかった。
私は、どれだけ生きても弱いのだ。
情けない。
「ところでお嬢さん、お茶でもいかがです?」
への追求は諦めて、グラマンへと向き直るロイ。
とりあえず、お嬢さんではない、世の中のお嬢さんが怒るぞおい。
「あらごめんなさい、私忙しいの。」
仕事を抜けてきているのだろう、彼はすぐに東へ戻ると言い残して去った。
必要なときは、クーデターを起こすと言い残し。
そんなやりとりを見ながら、どうしてこうも世界が傾いているのかなと悲しくなった。
誰かがこの世界を、根本から変えてくれればいい。
たとえば、誰か一人の命と引き換えにこの世界が救えるとしても、
誰かが名乗り出るのを待っているだけの女だ、私は。
ってこれは歌か。
「さて、人が居なくなった所で話題を戻そうか。」
戻さなくていい。
は全力で拒絶したがそれは、全てロイのどこかここに無い笑みで遮られた。
首を傾げれば、静かに口を開く彼。
「私は、弱虫だ。」
「・・・ロイ?」
「君に拒絶されるのが、・・・よほど怖いらしい。」
「そんな、」
そんな、そんなことあるわけがないと続けるはずだった言葉は紡がれることなく、冷たい空気に呑まれてしまった。
それは目の前が真っ黒になったから、それが、温かかったから。
彼の瞳と同色のコートにすっぽりと包まれたは、僅かに震えるロイに気づく。
ああ、私と同じだ。
「怖い?」
「・・・笑うだろう?」
人に拒絶されるのが怖くて、深入りしない。
広く浅く、そんな付き合い方しかしてこなかった結果だろう。
深入りしたくないというだけではない、ただ、何も知らない人間に深入りされるのが嫌いだったから。
だから、他人とは浅く付き合ってきた。
「私も、すごく怖いよ」
だから、ずっと一緒にいようか。
二人なら、大丈夫かもしれないね。
それからでも遅くは無いよね、大事なものを増やすということ。
小さな、本当に小さく僅かに聞き取れた言葉にロイは目を細めた。
どうして自分はこんなにも脆いのだろうと思う反面、聖母のようなの存在に縋りたいと願う。
男は稚拙だなと思い、また笑った。
「何笑ってるの?」
「いや、それより…、これで私は君の恋人になれたと思ってもいいのかな?」
は眉間に皺を寄せて空を眺めて数秒、ロイへと視線を戻す。
「・・・さぁ?」
「さぁって…」
くすくすと笑うの肩を抱き寄せると、僅かに彼女の体温が上がった気がした。
そしてそれは気のせいではないらしい、同じように自分の鼓動も早まり彼女と同調していたから。
「好きだよ、」
何度でも、何度でも言おう。
君が望むなら、この命尽き果てるまで、何度でも。
アトガキ
これで完結とかいったら怒られそうだよね。フフフ
スランプというか、展開に困る感じ。短編にきりかえましょうか…、でも解散しちゃったからみんな出ない!!
あーー、、、そこはいじればいいか。
てかBASA●Aかよってかんじですね、最近政宗が大好きです私。