カーンという鐘の音に閉じていた瞳をそっと開けた。
思ったよりもずっと側にある顔に、思わず一歩退く私を逃すまいとロイは腰へ手を回す。
その掌をいつもの反射で叩き落してしまいそうになったけれど、今日は特別な日。
良い天気に恵まれて、私は純白のドレスに身を包んだ。
開幕 ヒューネラルウエディング。
「それにしても、似つかわしくない格好だな。」
腰に回した手に少し力をいれて抱き寄せるロイ。
それに逆らうこともせず、周りを見渡して苦笑したのは。
「そう?墓場で結婚なんて面白いじゃない。」
「ヒューズが化けて止めに出てくるぞ…。」
もし本当に化けて出てこれたとするならば、きっとどこか呆れたかのような顔で現れるだろうなと思う。
シンプルなオフホワイトのドレスを纏ったを、まじまじと見ていた。
その視線を遮るように掌でロイの顔を覆う。
「穴が開いちゃうよ、そんな見ないで。」
「いや…」
「見惚れた?」
茶化してくすくすと笑うの言葉に、ああそれだとロイは納得した。
自分は彼女に見惚れていたのだろう。
「ああ、すごく綺麗だ。」
目を細めて本心からそう言うロイに、一瞬瞠目したけれど、またくすりと笑った。
素直に、嬉しいと思う。
昔の私からしたら、考えられないけれどそう思った。
「ありがとう。」
「…えらい素直だな?」
「あら、悪い?」
今日はよく笑うなとロイはを見ながらふと思う。
本当に嬉しそうにはにかむものだから、今すぐこの場で抱いてしまいたくなるほどの可愛さで。
「今すごく物騒なこと考えたでしょう?」
黒い笑みを浮かべるが目にはいったので、とりあえずは諦めたけれど。
それくらいに彼女の笑顔を見れることなんてなかったから、素直に嬉しかった。
幸せと感じていることが、幸せだから。
ふふ、と笑うが一息ついてヒューズの墓に近づき跪くのを眺めていた。
何事か呟いて、冷たい墓石にひとつキスをした彼女に少し嫉妬したが、今日から彼女は全て私のものだから。
仕方ないから今だけは、譲ってやるかと笑っておいた。
「そろそろ冷えるから、帰ろうか。」
タキシードで墓場というのもいい加減浮く、彼女はシンプルなものを買ったとはいえ、
ウエディングドレスはウエディングドレスで、やはり少し目立つから。
「ううん」
まだ居たいから、先に帰ってて?
は笑いながらそう言った。けれど、その笑みはさっきとはまったく違って。
わかりすぎる私達は、嫌でもわかってしまう。
「」
「やっぱり、わかるよね。」
うまく笑えてないことくらい、わかるよね。
悲しそうにそう言って、ロイの掌をそっと取った彼女が『プレゼント』と言って薬指にはめたもの、
それを見て笑ってしまった。
「おいおい、私も同じものを買ってしまったよ。」
少し驚いたように目を見開いて、は声を上げて笑う。
はロイへのプレゼントに指輪を買い、ロイもへのプレゼントに同じ店で同じ種類のリングを買っていた。
ポケットから丁寧に取り出して、彼女の指へとペアリングとなったそれを、…送り出す。
そう、送り出すのだ。
「どこに、行ってしまうんだい?」
君はどこかへ行ってしまうんだろう?
「最後の、任務があるから。」
意味深に、最後とつける彼女の言葉に首をかしげた。
しばらく言うか言わまいか迷っているようなを待ち、口を開く決断を待つ。
案の定、息をひとつはいては口を開いた。
「説明するのが厄介だから、簡単でいいかな?」
「ああ、君はいつだって掻い摘んで説明ばかりするじゃないか、今更だ。」
「大事なことはなにも言わないって嫌味?ふふ、まあいいや。」
それから、人間とかそんなレベルではない話を聞かされた。
この世界での驚異は、もはやホムンクルスというものだけではないらしい。
要は、彼女の同じ立場に居たものが、覚醒したという。
覚醒というのは、殺戮を繰り返し人の内臓を主食としてしまうことで。
とりあえず、簡単に言えば悪霊退散というわけだろう。霊じゃないが。
「帰って来れないかもしれない。」
ぽつりと、彼女はそう言った。
その任務がどれほどのものかはわからないけれど、きっと私たちには想像もできないレベルなのだろう。
あのが帰って来れないというくらいだから。
「それは困るな。」
ちっとも困ってなさそうにロイはそう言いながら笑ってやった。
それが嘘だということくらい、はわかっているだろうけれど。
「でも、ロイを守らないと怒られちゃうからなぁ。」
ぼそっと呟きながら、目の前の墓をちらりと見たに今度は本当に笑った。
律儀というか、硬いというか。
義理が厚いのだ、意外とこの女は。
「それに、私の居場所もあるから…」
頑張って、帰ってこないとね。
だから、待っててくれる?
墓参りの人々の目を全く気にもせず、はロイの首へ腕を回してそう囁いた。
その声音に、どこか不安を感じて思わず抱きしめる。
「帰ってきたらロイが殺されてるとかやめてよ?」
「その場合はが犯人を意地でも捜して殺すだろう?」
「当たり前でしょう。」
いつの間にか、こっちが殺される設定になっていた。
それを笑っていられる場合ではないことはお互いにわかっている。
ロイにもまた、死が迫っていた。
使い道がなくなれば、殺されるのだろうから。
「が帰ってきたら、有休でも取るよ。」
「そうね、ブリックスの方に旅行に行きたい。」
だから早く帰っておいで、私の。
抱きしめ返した耳元で囁くと、くすぐったそうに身を捩った。
愛しい愛しいその身体を、様々な願いをこめて一層強く抱く。
悲しいくらいに、強く。
悲しいくらいに、痛かった。
それから、一ヶ月、二ヶ月、…三ヶ月。
はまだ帰ってこない。
音沙汰もない、誰に聞いてもわからないその行方や消息。
また月日が経ってしまった、半年、一年、一年と半が経って尚、彼は彼女を待っていた。
デスクに飾られた、墓地にドレスといういまいちかみ合わない写真はあの時三脚で二人で撮ったもの。
毎日それを眺めながら仕事をしていた。
例え生きていなくても、その遺体だけでもいい。
そう思って、日々仕事を淡々とこなしていた。
そんな矢先だ、ひとつの事件が舞い込んできたのは。
「ブリックスに応援か、」
彼女が行きたいと言っていたなとぼんやりそう思う。
二人でいくつもりだったそこへ、仕事でこれから向かうのだ。
もちろん、内ポケットには彼女とのあの写真を仕舞って。
「ファルマン少尉も居るし、久々に酒でも交わすか。」
揺れる列車のなか一人呟きながら、車窓から暮れかけた空を見上げた。
その赤い赤い夕焼けが、どこか黒く見えるこの光の角度が不吉な予感さえ感じる。
「なんだ、…これは…」
北に近づくにつれ、何故か死体が積み上げられていく。
屍が、北へ比例して山になってきていた。
その死体を窓からよくよく見れば、腹が皆大きく抉られていて、
「内臓?」
彼女が言っていた言葉を思い出した。
覚醒というのは、殺戮を繰り返し人の内臓を主食としてしまうことで。
ざわざわと、何かが背筋を通って行った。
それと同時に、彼女の身体がこのどこかにあるかもしれないという期待と不安に駆られたのだった。
アトガキ
こういうオリジナル要素が多々なほうが得意です。
更新やめようかとも思ったんだけど、二章突入します。
二章単体でも読めるようにしようと目論んでいます。