ホットミルクは生臭いから、沢山砂糖をいれる。
ただの牛乳は好きではないけれど、そうすることで好きな飲み物になる。
嫌いなものも、克服しなければいけない。
もしかしたら、それが好きなものになるかもしれない。
何とはなく庭に出て、夜風にあたりながら背を伸ばす。
この月はあの世界に繋がっているかなと思いを馳せながら。
日課のようなものだった、こちらに来てからの。
まだ、未練があるのかな。
無意識ほど怖いものはない、そうは自分自身を軽く嘲笑った。
さくり、と足音が背後にするわけではないが、もう気配だけでわかるそれ。
「またここにいたのですか、まったく、風邪ひきますよ」
彼も日課のように私を咎めにくる。
まぁ彼からしたらただ心配しているだけなのだが、私にとっては咎めているだけでしかない。
「少しくらいいいじゃない、まだ出てきたばかりよ」
執務を放棄してここへ出てきたことをまるで悪びれもせずに言ってみる。
実際私のペースは彼には劣るものの、割とスマートにこなすほうだ。
それも、ここに馴染んでしまった証拠なのだろうか。
「三年が経ちますね」
まるで私の思考を読むようなそれ。
いつも敵わない、と思う。
「そうね、私の世界でも嫁ぐ人がちらほら出てくるような年齢だわ」
「・・・作らせましょうか?ドレスとやらを。 お相手がいればの話ですが」
打てば響く、とでもいうのだろうか。
そして一度口にしたあちらの言葉は決して忘れない記憶力。
しかし、辛辣というか、シビアというか、とにかく彼は意地が悪かった。
それも爽やかな笑顔と共に道化て、どこまでも読めないと思った。
「それはどうでしょう?」
はぐらかすように私もおどけてみせると、クスリと笑いが聞こえた。
振り返ると、どこか嫌な笑みを浮かべている陸遜。
「にそのような噂は聞いたことがありませんが」
とことん嫌味な男だと思う、確かに私は誰とも恋仲ではないけれど。
さりげなく、他人の情報を探るのが得意というか、もう癖みたいなものなのだろうか彼にとって。
しかし、彼は本当に何を考えているのか読みにくい。
こちらに来てから三年もの付き合いになるが、やはり読めない。
「読ませませんよ」
「・・・私、割と顔に出ないほうだとおもうんですけど」
軍師というのはこんなにも相手の思考が読めるのだろうかといつも思う。
かくいう私も俗に言うポーカーフェイスの類に入るような人間だ。 悪いが他人にぬけぬけと思考など読ませないし、読まれたくもない。
しかし、手本にしたいくらいに彼の技量は半端ない。怖い、そうとさえ思う。
「後は私に任せて、今日はもう帰っていいですよ」
私の額に軽く手をあてる陸遜に、軽く舌を出す。
あ、バレてる。予測済みではあったけれど。
「働きすぎですよ」
「仕方ないでしょ、誰かが膨大な執務を押し付けてくるから」
それくらいの軽口は許してほしいものだ、実際そうだし。
「貴女は要領がいいから」
「褒めてるのそれ?」
そう言って私を浮かせてまた膨大な量を押し付けてくるのだろう。
大体・・・
「ねぇ私、陸遜の直属の部下ではないはずだけど」
「だからって、結局請け負ってくれるじゃないですか、なんだかんだお人好しですよね」
面白そうに私を見下ろす陸遜。
何がいいたいのか、わかるようでわからない。
「何でそんなに私に構うの」
「さぁ」
即座に返ってくる返事はまたもや曖昧な回答と笑みで。
彼は私に想いをよせているとか、そんな類ではないとおもう。
それは何とはなく直感でわかる。
「なら私からも聞かせていただきますが、何故私にそんなに構うのです?」
「構ってるというか、面倒見てあげてるだけでしょ」
実際私も陸遜に必要以上に構っている気がする。
必要とか、そんな愛のある言葉ではなくて私達はただ何とはなく一緒にいる。
それに陸遜には男色という噂まであるから、きっと私なんて相手にもしないだろう。
怖くてとてもじゃないけど「男好きですか?」とか聞けないけれど。
「確かに貴女といると不必要に娼婦などが来なくなったので助かってはいますが」
「私は貴方と寝た覚えは御座いませんが」
「世間はそうはとらないみたいです」
全く、彼には噂が多すぎる。
自分で流しているのだろうか、さっきの男色やら、実は去勢しているとか、孫家の副将であると恋仲だとか
(そんなことはないのだけど、信じる人も居るらしい。
でも私は男色路線を疑っている、マジで。
「それはいいとして、体調は万全にしておいてくださいね、足引っ張られても困りますし」
「もっと優しく労わってはくれないんですかね」
「体でですか?」
まともに会話をすれば、こっちに勝ち目なんてない。
いつだって本気じゃないんだから、こっちが熱くなって反抗しようが言い返そうが、壁を壊すどころかその壁の場所すらわからない。
それでいて、いつも余裕綽々で喧嘩を売られている気がしてならない。
「間に合ってます」
「貴女も男性の一人や二人いますもんね」
『も』ってなんだ、『も』って。
「陸遜はさぞかし沢山いるんだろうね」
「それはどうでしょう?」
先ほどの私の科白をそっくりそのまま返してくるあたりが、本当に嫌味というか性が悪い。
もうこのやりとりは時間の無駄だと判断したは、では失礼いたしますと一礼して踵を返し歩き出した。
別にこれといって仲の悪いわけではないのだが、甘い空気を漂わせることはない。
それはきっとのせいだということはわかってはいるし、理由はされど呉を裏切った経験もある。
それが彼の私へ対する不信感というか、いろいろなものを蓄積させてこの態度なのだろうが、どうも納得いかない。
まぁ理由など話してやるほど私はお人好しではないつもりだけど。
ふと、手をとられた。 考えをめぐらせていたので、彼が追ってきたことすら気づかなかった。
我ながら迂闊だと、そう思いつつもは振り返らない。
「何故裏切ったのです」
「さぁ?」
予想通りの言葉に軽く笑ってみせたら、強引に肢体ごと振り向かされる。
こんな強引なことする人だったっけ、なんて暢気に考えつつも表情は崩さない。
対する陸遜は、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。これは、なにかある、そう直感した。
私の勘は八割正しい、嫌な予感がした。
「私は独断でを処分しようと思っている、と言ったらどうします?」
「周りが許しはしないと思うし、もしそうであっても・・・それなら私はここで貴方を殺すわ」
握られているその掌が汗ばんでいるのがわかる。 それは私にもいえていて、なんともいえない緊張感。
お互いの顔には笑みを張付け続けている、それが一層怖い。
『さっきまで暢気に会話していたじゃないか』と言ってやりたいが、彼と私は暢気な会話ではなく『暢気な上辺』の会話で。
恐らくここで、誰もくることなく対峙したとしたら、一瞬でかたはつく。
・・・・・・じゃなくて、問題はそんなところではなく、彼は私が何故裏切ったのかを詮索しているだけで。
そこだけは私も譲れないし、死んでも読ませてはやらないと誓った。
しばし思考をめぐらせていると、助け舟とばかりに背後からナニかが飛んできた、あ、避けきれない。
スパーーーーーーーーーン
「痛ったーーーーー!!」
もはや目の前の人物などの思考にはない。
それをクリーンヒットさせた人物が どこかに潜んでいるだろう、呉随一血気盛んな男を探ると、少し先の木の上に腹をかかえて笑う甘寧。
「スリッパは投げるものじゃありませんーーーーーー!!!」
そういって、私の後頭部に直撃したペランとした物体、そうスリッパを、全力で蹴りあげた。
「――――――――っ!!!!!」
木の上で身構える甘寧ではなく、背後の陸遜の顔面に向かって。
なんだかこの陰々とした空気が思考回路をぶっ飛ばしてしまった気がする。
実は少し前から甘寧には気づいていた。そしてその少し後ろにもうひとつ気配がある。
少々手荒いが、彼らからしたら助けてくれただけなんだろう。
「じゃあね、陸遜」
「は頂いてくぜーー」
甘寧の背後に居たのは、アクティブすぎる姫、尚香。
二人の見事な連携プレイではまんまと陸遜のもとから逃れることができた。
「ってことみたいだから、今度こそ失礼します」
微笑みを浮かべながら、甘寧と尚香に挟まれて走り出す。
嫌いではないし、言葉遊びのような押し問答は楽しみさえ感じることもあるけれど、どうも陰々な雰囲気になることが多い。
それも理由はわかりきっている、裏切り、それだ。
がどうしたものかと空を見上げて考えていると、視線を感じた。
そちらにどうしたのといわんばかりに振り向けば、尚香の顔が少し曇っていた。
「聞いてた?」
「うん」
「全部?」
「うん」
私にとって、尚香はとても大事な存在だった。
大事、なんてそんな二文字で片付けられないほど、守り抜きたい人で。
『信用している』と表では言って笑顔を向けてくれる人たちの視線の奥を探っていたあの頃、私に心からの笑顔を向けてくれていた人は少ない。
ポーカーフェイスなんて、一人になれば脆いものだった。
誰もいない場所を探して、毎日一人で泣いた。
それがいつからか、尚香が毎晩どこかに連れ出してくれ、泣く暇すらなくなってきて…、気づいたら笑っていた。
そんな彼女を傷つけられるくらいなら、私は何だってしようと誓った。
大分昔の話だ。それよりも、この困ったような悲しそうな表情を取り去りたい。
「ねえ、何で言ってしまわないの?」
「言いたくないの」
「話してしまえばいいのに、こんなに険悪になるくらいなら・・・だっては悪くないじゃない。私のせいで、」
「尚香。」
そこまで喋りかけたところを無言で静止する。
深くは疑わない甘寧が脳みそ筋肉で良かった、そう心から感謝した。
私は過去に呉を裏切った。理由は誰にも告げないつもりでいた。
しかし、どこか多方面から伝わってしまうのだけは避けたかったので、尚香本人にだけは告げることにした。
他の者から聞いて彼女が傷つくよりはずっといい、そう判断したから。
きっかけは、一通の密書だった。
アトガキ。
方向性が定まらない連載スタート。
でもそんなの関係ねー。