全てをぶちまけてしまおうか。

そんな誘惑に負けてしまいそうになる、だができない。

 

頼りたい 頼りたい 頼ってしまいたい。

そんな本音を覆い被せるように、戦い続けてきた。

 

 

 

 

戦うことが、私がここに居る意義だと暗に気づいていないほど馬鹿ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶はひどく曖昧だった。ただはこの世界の住人ではないことだけははっきりと覚えている。

元居た世界は『日本』という場所で、ここは過去の世界だということまでは把握している。

こちらに来た経緯もよくわからない上、気づいたら白い天井と対面していた。

 

「よかった、気がつかれましたね」

 

不意に頭上から声がしてそちらを見上げると、どこか奇妙な格好をした人が覗き込んでいた。

後から考えれば私の格好のほうが十分奇怪なはずなのに怪しみもせず助けてくれた陸遜に感謝で頭があがらない。

聞けば、草原の真ん中で倒れていたらしい。

 

「覚えていませんか?」

 

ごめんなさいと言う代わりに肩をすくめてみせた。

混乱するには十分な要素を多々もっているはずなのに、不思議と頭は冷静だった。

ここはどこだろう、そして、私は何故こんなところにいるのだろう。

 

記憶が部分部分で飛んでいた。

それを察知した彼は「行く先が決まるまで、ここに居ていいですからね」と言い残して去っていった。

優しい微笑みをする人だなぁと起きてすぐは思っていたが、この部屋から去る際にはどうも裏がありそうだなと思う。

彼は私よりも少し若いのだろうか、あどけなさが残る顔をしていた。

しかし雰囲気は私よりずっと大人びていて、一族の長を齢十七でなすことがどれだけ大変なことなのかを後で知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

どこにも行く宛がなく、しかしいつまでもここに居るわけにはいかなかった。

彼は「いくさ」に出かけることがある。それは聞いたことがあるくらいの単語で、自分の世界では程遠いものだった。

昔あったこととして語られるくらいで、そんな環境に身をおいたことも無い。

「怖いですか?」

そこまでの恐怖は感じなかった。不思議と、全てを受け入れる覚悟もできていた。

ただ「いくさ」に対して、拭えない嫌悪感は持った。

 

あるとき、戦から帰還した陸遜がひどく負傷していたことがあり、動揺した。

やはり殺しあうということは、こういうことが起こるものなのだと痛感し、同時に武器を握ろうと決意する。

 

「武器をいただけませんか?」と彼にはっきりと告げた時、瞠目されたことを思い出した。

 

「戦ったことなどないのでしょう?」

 

しかし私はその覚悟を譲らなかった。

飛燕の一つを陸遜から譲り受けた後、「いくさ」に連れて行ってくれと頼み込んだ。

武器など握ったこともない、ましてや戦をみたこともない女人を連れて行くことはできないと断ったが、彼女は引き下がらなかった。

 

仕方なく、簡単な任務であろうと予測される戦いに彼女を同行させた。

 

 

「もうわかったでしょう?貴女には戦えない」

 

戦場を目の前に立ち尽くすをみて諭すようにそう言った。

彼女の肩が震えているのを感じて、怯えているのだと思い背後に隠す。

はらはらと泪を流す彼女が、怯えているのとは少し違うとわかるのはその数秒後。

 

「悲しいですね」

 

言葉とは裏腹、目に闘志が宿っているのを見逃す陸遜ではなかった。

怯えているのではなく、悲しいと感じ、そして倒れていく兵士を見てどうしようもない怒りを覚えていた。

人が傷つくのはもう見たくない。

もう見たくない。・・・もう?

 

いつ見たんだっけ。靄がかかった記憶をたぐり寄せようと思ったが、その前に動いていた。

 

キィイン―――。

 

刃と刃が重なるその音は陸遜が発したものではなく、目の前で涙を流していた彼女で。

教えたわけでもなかったはずなのに、彼女は見事な早業で敵兵を一掃してしまった。

その動きは陸遜の戦うときの動きそのもので、「真似してみただけなんですけどね」と苦笑して戻ってくる彼女は返り血で鉄臭かった。

怖いと感じるのは久々だった。陸遜は、目の前の女の変貌振りに心底驚かされていた。

 

 

 

それからのは本当に見事としか言いようがなかった。

名立たる武将と対面するやいなや、その動きをそのまま盗んでは実戦でそれを十二分に発揮する。

名が知れ渡るのに時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「困ったことになりました」

 

そう言いながら部屋へやってきた陸遜に「どうしたの?」と問えば、予想していた事態。

 

「孫堅様が殿をお呼びです」

 

これだけ目立った功績を残していれば、それも時間の問題だとはわかっていた。

しかし、これほどまでに早いとは。

 

「そうですか・・・、いよいよ正式に軍の人間になるんですね」

 

抱きしめたくなるような悲しい笑顔で、彼女はそう言った。

思わぬ拾い物をしてしまったような、そんな気分を残しつつ城へと向かう仕度を済ませる。

彼女のあの泣きそうな笑顔をみた時に、自分が拾ってしまったのは間違いだったのではないかと思った。

ここでなければ、が戦おうという気になることもなかったかもしれないし、ましてや一国の君主に呼びつけられることもなかっただろう。

 

「陸遜様は私を助けてくださった恩人ですから、私はとても感謝していますよ」

 

こちらの考えていることをいとも容易く悟ってしまうにはたびたび驚かされたが、この時ばかりは胸をなでおろしてしまった。

 

 

馬術をすっかり身につけたが馬を駆ける姿を横目で見ながら、そう思いを馳せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐かしい話をするのね」

 

聞きたくないといわんばかりの気迫でそう言ってみれば、腹の黒そうな笑顔が返ってきた。

私がこの世界にきた時の話はあまり好かない。

この世界にきたという表現がまさに、この世界の人間ではない、仲間はずれだと言われているようで好かない。

そんなことなど知ってはいたが、今の陸遜には何も通用しない。

 

「あなたが抜け出したりするから」

 

 

 

怪我の完治していないは暇だ暇だと毎日見舞いにくる面々に愚痴をこぼしていた。

 

 

そして、あまりの暇人ぶりに、そこを抜け出して城下まで出かけた。

あっという間にバレて、捜索されること三時間。

としては楽しんでいた、まるでかくれんぼみたいなその逃走劇に。

 

 

 

 

はじめの一時間は、下官が数人を探しているのを見かけた。

 

その一時間後、趙雲、馬超、姜維、星彩という武将陣を見かけて楽しさが増していった。

「見つかるもんですか」そう呟きながら市を回る。

 

は完璧な変装をしていた、それはおそらくほとんど誰にもばれないだろう。

それくらいしてもどうしても欲しいものがあって、衝動的に街へと下りていた。

稀に市に出るお墨付きの装飾品のお店で、足首にする鉄輪を購入する。

 

 

そしてそのまましゃなり、しゃなりと音がするような服を身につけ、情報として使っている娼館へと入っていく。

 

「あら、もうお帰りになるんですか姐さん」

一人の小姓が入り口へとやってきて、出迎えてくれた。

すると女将がひょっこりと顔をだして「おや、珍しい顔があるもんだ」と言いながら手にしたものをに渡す。

 

「ありがとう、助かってるわ」

 

それはひとつの筒で、中には呂布からと思われる密報のはずだった。

が、彼の文字にしてはやたら綺麗すぎると思うと、背後から女将がくいくいと呼ぶ。

 

「それをよこしたお方が部屋で待ってるから、いっておいで」

 

誰だろう、そう思いながら部屋まで歩む。

失礼します、と一言かけてから部屋にはいって、は歓喜のあまり息を吸うのさえ忘れそうだった。

 

 

 

「貂蝉っ!」

 

久しぶりね、と微笑みながらそこに居た彼女に思わず駆け寄る。

一応彼女にフォーリンラブな呂布が居ないか確認してから。

 

「居ないわよ彼なら」

 

呂布は男女誰であろうと、貂蝉と親しく抱き合ったりすることすら嫌った。

それが見つかった日には、触覚を振り回してまさにゴキブリのように追い掛け回してくる。

はその執拗においかけてくる呂布の過去の被害者で、危うく昇天させられるかと本気で思った。

 

呂布がいないとわかれば迷わず貂蝉をぎゅっと抱きしめた。

貂蝉も「どうしたのよまた」なんていいながらも抱き返して、背中を優しくあやすようにしていた。

 

 

 

 

 

 

「でね、もう頭破裂しそうなくらい悩んでるの馬鹿らしくなってきてさ」

 

は曹操へと単騎駆けをした経緯を意気揚々と話していた。

その姿はあまり見られることがない、というか、貂蝉のあまりの美貌にくらくらなのは呂布だけではなくもだった。

そして逆もしかり、化粧ひとつ施さないの整った顔立ちは、結構周りをメロメロにしていたなんて、本人は全く気づいていなかったが。

 

、落ち着きなさいよ」

 

くすくすと笑うその姿さえも美しい貂蝉を見て「いいなぁ、そんな綺麗で」と本音を漏らす。

これは本格的に自分の魅力に気づいていないんだなぁと貂蝉は思いながらも、貂蝉にしか見せない甘えっぷりのを他に見せるのは勿体無いとなにもいわない。

 

「で、陸遜殿とはどうなっているの?」

 

そんな質問をした自分が、とんでもない地雷を踏んでしまったことを気づくのは、言ってしまった後。

あぁぁああぁぁああぁぁあああぁぁぁああぁっ!!!!と声には出さないが、うろたえていた直後に、一気に意気消沈してしまった。

貂蝉は、すごく不器用な彼女のことを知っていた。

しかしだからと言って、あまり口出しはしないし、温かく見守っている。

 

「結果的に、私寝返ったって捉えられちゃうでしょ?」

「そうかしら?」

 

陸遜殿ともあろう方が、背景である尚香殿の容態や呉の状態に気づけないと思うの?と続けて問う。

それもそうなんだけど、でも彼は裏切りという行為が異様に嫌いなのよねと続けた。

 

「前陸遜の副将だった部下が、魏に寝返ったんだけどね、魏との戦いで惨殺されてたのを目の当たりにしたわ…」

 

不気味な笑みを浮かべながら「許すわけにはいきません」と屍と化した遺体の前でそう呟くのも横で見ていたし。

本当に酷い殺し方だった、一瞬で殺すなんて生易しいものではなく、じわじわと嬲り殺すようなそれ。

陸遜は、その一部始終を薄い笑みを浮かべながら行っていた。

 

 

 

実は寝返ったということではなく、埋伏の毒として陸遜軍に志願してきたということもは聞かされていなかった。

そしてその副将がの命を虎視眈々と狙っていたことも、知っているのは陸遜と魏の面々のみで。

しかし魏国とよく戦っていた呂布と共に居た貂蝉には聞いたことのある内容だった。

 

「彼の名誉のためだけに一応言っておくけど、その副将は秦生という名前じゃないかしら」

「なんで知ってるの?」

 

心底驚いたという顔をするに、貂蝉は良かったと破顔する。

それはやはり聞いたことのある内容と一致していた。

 

「奏生は陸遜軍に居たの暗殺目的の埋伏の毒だったのよ」

 

これだけ言えば貴女ももうわかるでしょうと、一言つけて。

それを聞いたは、嗚呼、と肩をすくめてみせた。

そういえば、奏生は度々を寝屋に誘ってきた、当然受けるつもりなんてさらさらなかったのでかわし続けていたのだが。

腹上死したなんてことになってたらほんと笑えないわと、ぼそっと呟くに貂蝉も思わず「そんな露骨に言わないの」と言いながらも笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「ところで、貂蝉どれだけここに居たのかしら?」

「七日目になるかしら」

 

笑顔でさらっとそう告げた彼女が、待たされるという行為がすこぶる嫌いなことを知っていたは、「ごめんね、じゃまた!」と言い残して逃げるように去った。

まるで盗人のような逃げっぷりに貂蝉はくすくすと笑い「本当は今日来たばかりよ」と呟くが、彼女はもういない。

 

 

 

 

彼女が意外と腹黒いことに気づくのは、いつになることか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アトガキ

貂蝉登場させてみたくて。そして彼女はあんな優しい顔して腹黒くいてほしくて。

そしてそんな彼女に呂布はメロってほしくて。

そして惨殺という行為をした陸遜を理解してほしくて。