目をあけると本来そこにないはずの姿がそこにあって、叫びそうになった口を必死に噤んだ。

 

初めてかもしれない、彼の寝ている姿を見たのは。

 

 

 

 

 

それにしても、何故彼が私の横で寝ているのか、心底謎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

寝顔を覗いていると、突然瞳と瞳がぶつかる。

まさか起きていたとは思わなくて、普通に驚いてしまった。

そして、この現状の説明を求めようとその眼で訴える。

 

「私が何かしたとでもいいたいのですか?」

 

ここがどこかわかっていますか、そう言われて部屋を見渡すとここはまぎれもなく陸遜に蜀であてがわれた部屋。

彼が私をここまで連れてきたというわけではなさそうだった。

そこまで来て、なんとなく気づく。夜半に寝ぼけ眼で厠に行った帰り、部屋を間違えたんだろう。

 

眠気におそわれている時、極端に判断力が鈍る自分を痛いほど自覚していた。

 

 

 

「ごめんなさい」

 

一方的に悪いのは自分だろうが、陸遜も陸遜で何も言わずに一緒に寝たというのがまた質の悪い。

朝からこんな敗北感を感じたのは久々だった。

とりあえず彼の腕の中から抜け出そうとするが、腕を離してくれるつもりがないのか力をいれている。

 

「どうしたの?」と問えば、再び瞳を閉じてしまった。

 

 

柄にもなく心臓がやけに早く打っているし、それはきっと伝わっているだろうけれど。

なんだか再び眠気が襲ってきて、そのまま流されてもいいかなんて思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び覚醒した時には、陸遜の姿はもうなかった。

慌てて鍛錬をしに向かうは既に朝食をとることすら忘れているのだが全く気づく様子もない。

鍛錬場に着くと、そこにはいつもの面々がいて、私は手にした方天画戟を握りなおす。

 

「遅刻ですよ

 

さらりと伸びた黒髪の後ろが少し跳ね上がっていて、彼女が急いできたことはわかっていたのでそれ以上咎めないでおいた。

それほどまでにが遅刻するということは珍しかった。

 

「珍しいな遅刻なんて、男と寝てたのか?」

 

なんて馬超が飄々と言うもんだから、思わずぶっと噴出しそうになる。

それを抑えて「何ばかいってんの」と笑っておいた。

 

の治癒力は高く、深く傷ついた矢傷ももうほぼ完治していた。

今日から鍛錬の許可がやっと出たのが嬉しくてなかなか眠れず、やっと眠気が襲ってきたと思えばあの醜態。

 

はぁ、と溜息を吐いた私を見逃す趙雲ではない。

 

「疲れているのか?」

「それは肉体的?精神的?」

 

問えば笑いながら聞き返される。どうやらどちらもなようだった。

しかし鍛錬を始めると、彼女は疲れなどまるで見せずに兵卒たちを相手していく。

そこにたまに混じって馬超が攻撃をしかけるもんだから、三回目には本気で峰打ちをしてやった。

それを見て趙雲と星彩は微笑んでいて、魏延はウォァアアアとか言いながら自分の兵卒の相手をしていた(容赦なし

 

「よーし、全員まとめてかかってきなさい」

 

ニヤりと笑みを浮かべて、改めて構えなおす。それは彼女自身の構えで、誰かの構えを真似たものではない。

いつか卒伯あたりが言っていたことを思い出す。

あの構えをした時に本気で打たれると、三日は起き上がれない。

 

当たり前だが、誰もかかってはこなかった。

 

「馬超の弱虫」

 

ぼそっと呟くと、逆上した馬超が勢いに任せてかかってきた。それは言葉どおり、罠にかかったようなもので、後悔するのは後のこと。

一対一で敵うはずもないが、華奢な彼女をみていると「勝てるかも」なんて思ってしまって痛い目をみるのだ。

すると、普段はあまりのらない魏延が「オモシロソウダ」などと言って近づいてくる。

実はは魏延の攻撃だけはすこぶる苦手な部類であった。負けるとかそういうレベルではないのだけれど。

 

そしてウォァアとか言いつつ回転しながら襲ってきた魏延に「ふぉあああ」とか奇声を上げて逃げ回るを見て、一同が爆笑した。

「魏延っ、その攻撃卑怯だよ」

がぼそっと呟いた言葉に全員が、お前の攻撃だって十分回転してて卑怯だなんて罵った。

 

 

「・・・そう?」

 

しれっとそう言い放ったに、皆は脱力して「飯だ飯」などといって昼食をとりにいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通らない、通らない、ご飯が・・・、ご飯が喉を通らない。

 

食堂にいけば、そこには諸葛亮と陸遜と姜維。嗚呼、後悔の渦。

「どうぞ」と隣を開ける陸遜に、特に断る理由が見つからないは、座らざるをえなかった。

が、ご飯が喉を通らない。噛んで噛んで噛んで、あれ、どうやって通すんだったっけといった感じを繰り返す。

 

「どこか具合でも悪いのですか?」

と諸葛亮が不可思議な行動を見て心配の色を見せれば、驚いたその拍子にご飯を飲めた。

しかし咽てしまってゲホゲホと咳き込んでいると、陸遜が心配そうに覗き込む。

「大丈夫ですか?」

覗き込んだ瞬間のその顔を見逃すほどは抜けていない。

明らかにしてやったりといった顔をして笑っている陸遜に一枚とられた気がした。

冷静になれと自分に言い聞かせて三秒。

「・・・全然問題ないです」

怒ってますと主張した笑顔でそう言って席をたった。

しかしそこであっさりと引き下がるほど陸遜も甘くはないようで。

「あれ、こんなに残してやはり体調が悪いのですか?午後は鍛錬ではなくこちらの書類整理でも手伝ってくださいませんか?」

 

 

言い返す気力さえもう削がれた。おとなしく引きづられて、脱力感を表にありありと出してやった。

お気の毒様ですという表情を露骨に出されたが、誰も止めてはくれない。

恐らく彼と互角に口でやりあえるのは諸葛亮くらいだろう。もちろん彼は、目を反らして笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大体なんで陸遜までこっちに残ってるの」

 

口を開けば文句ばかり、しかしそうさせたのも自分なのでご丁寧に文句一つ一つに答えを返していく。

喋ってはいるものの特に作業に遅れが出るような要領の悪いではないので問題はないと判断したまでで。

 

「諸葛亮先生から学ぶことは沢山ありますし、良い機会だと思ったので」

 

それもあながち嘘ではなかったし、むしろ半分はそうだった。陸遜が諸葛亮を死ぬほど尊敬しているのは知っていたし、それはもはや崇拝する域で。

初対面の時など、拝み倒すのではないかと心配したがそこまではしていなかった。

だから最近やたらと機嫌が良いことが多いのか、と合点がいく。

 

「それに、五日後には華燭の典が行われるため呉のみなさんもこちらに向かってくるので今更帰るまでもないかなと」

 

さらさらと流れるように彼の口から出てきた言葉はを絶句させるには十分で。

随分早急な結婚だなぁとは思ったけど、政略結婚なんだから仕方ないのか。それにしても尚香はどう思っているのだろうか。

歳もかなり離れた劉備に嫁ぐのだ、それなりに抵抗もあるものではないのか。

色々なことがをかけめぐり、何から口にしていいかわからず言葉にするのを諦めた。

 

そんなを横目で見遣りながら、陸遜は書簡に目を通す。

それから言い訳というわけではないのだが、今朝の説明を簡潔に告げた。

 

「別に、何もしていませんよ」

「あたりまえよ」

 

唐突というか、突拍子もないそれにがたじろぎつつも間髪入れずに全否定する。

何かされるなんてたまったもんじゃない、それこそ情など湧いたら最後だと自覚はしているつもりだ。

何度も言うが、誰とも関係をもつつもりなどない。

情報を得るためとか、仕方なくとかそんなことならまだしも、知ってる身内でそのようなことはしたくない。

誰にも頼らないと決めたのだ。

 

「私はね、確かに感謝はしてる、陸遜にも」

 

突然会話が飛ぶ癖はわかっていたので、とりあえず先を促す。

 

「でも私は、」

「頼らないし、頼りたいとも思わない。ですよね」

 

先に続く言葉はいつも予想ができて、それが虚しい続きであることもわかっていた。

だから、彼女の口からはあまり聞きたくはない。それくらいなら自分で先を言ってしまう。

 

「そう。もっと細かく言えば、信頼というのはいいかもしれないけど、男女の関係だけは持ちたくない」

 

なんだか、恋しているわけではないのだけれどここまで露骨に遮断されると百戦錬磨の陸遜も悔しい。

大体陸遜は女性と五日くらい話せば八割が告白をしてくるらしい。

実際もその現場を度々目撃しては、泣いて去る女を見ながら「ひどいなあ」などとぼやいていた。

 

「一生独身を貫くのですか?」

「似合うわよ私には独身が」

 

確かに。そういいかけた言葉をつぐんで、先を続ける。

その間も書簡に目を通して次々と片付けていく速さはお互い落ちることがない。

 

「陸遜は将来の展望とかあるの?」

「世界征服です」

 

即行で返ってきた返事に言葉を返すことを諦めた、冗談半分しかし半分は本気、実際やりかねない。そんな気がする。

陸遜は軍師として極めて優秀なのは目の前で見ていてよくわかるので、それは叶わぬ夢ではないはずだ。

するとそこへ諸葛亮がやってきて「お時間があるならまたお話でもしますか?」と陸遜を誘った。

 

待て、待て待て、この書簡を放置して行くつもりなのか。そうだよね、行くつもりだよね。

 

心中は暴れ狂っている、おいお前と言ってしまいたいけれど、そんなこと言った日には何をされるかたまったもんじゃないし。

けれど私のなかで最高と思われる最後の抵抗を試みた。

 

「お時間あるんですか?」

 

その言葉にしばし考えるようにして書簡の山と私と諸葛亮を転々と見て一言。

 

「あります」

 

ええそうですか、そうですよね。これはこのままひとりで片付けると夜が完全にふけてしまう。

そう決断が下されてすぐに、完全に軍師陣を無視してせっせと書簡を片しにはいった。

では行ってきますね、と退室した二人にヒラヒラと手をやって、本格的に集中する。

 

「てかそもそもこれ私まったく関係ない?」

 

はたと気づくが時既に遅し。そういえば手伝いに来ただけだったはずなのに、私がメインだ。

なんだかこんなに流されてる自分も少し珍しいけれど、それも気楽でいいかなんて考えてみる。

とりあえず、不服ではあるけれど書簡を迅速に片す事だけを頭において作業をし始めた。

 

 

 

 

 

退室した直後に諸葛亮が「あなたもまだ子供ですね」と諭すようにいえば、「まだまだ子供でいたいんですよ」と笑みが返ってきた。

姜維のような素直さはあまり感じられないが、この食えない性格の陸遜もまた諸葛亮からすると可愛いのだ。

これはいい弟子ができたと、心底そう思った。

 

 

 

 

アトガキ

まじで方向性つかめない。