喋らなければ可愛いのに。
何度色々な人に言われたかはわからないが、それが余計にの口に拍車をかけているかわからないのだろうか。
彼女は筋金入りの、天邪鬼。
9
「遅い、遅い、遅すぎる、・・・我慢ならん」
豪快に音をたて椅子から立ち上がりつつも、どこに怒りを向ければいいのかわからない。
いつになったら陸遜は帰ってきてこの処務をこなすのか、陸遜が暢気に茶でも啜っているのに何故は彼の事務作業を黙々とこなしているのか。
全くもって理解できんと気づいたのは作業の七割を終えた後、遅すぎる、というか集中していたらこんなに片付いていた。
「がさ入れしていいよね、うん」
誰に質問を投げかけているのかもわからない、そして自己完結な上了承を得ているのもさらによくわからない。
けれど、まあいいよねな『なあなあ』な雰囲気全開で陸遜の私室をあさりはじめた。
とりあえず、おなか減ったからなんか食べ物ないかな。
「おやつ、つまみ、みみがー、あ?あんにんどうふ、ふがし、」
一人でしりとりをしつつ、その内容は全て食べ物。誰かが聞いていたらこれが鬼才と呼ばれる飄々とした女武将だとは思わないだろう。
しかし彼女も一応女の子、甘いものには密かに目がない。
「しらたまだんご、ごまだんご、ごまたまご、・・・ご?」
ごまばっかりじゃないかと自分自身のしりとりに渇をいれる。ちなみにごまは嫌いな食べ物だ。
「ごるごんぞーら、ラムネ、ねこのにくきゅう」
食うんかい、静かな部屋に百戦錬磨の女武将がのりつっこみをいれて一人でケラケラと笑っていた。
そこらへんの兵卒が見たなら卒倒しているかもしれない。
それでも自身は楽しそうに部屋を歩き回って食べ物をさがしていた。
「ういろう、うさんくさい、いかさま、まがいもの、のろってやる」
自分を見失いつつ作業と口は止めない。そこで目の前からお茶菓子の残りとおもわれるお菓子を発見した。
陸遜は深夜にわたってよく庶務などをこなしていたから、なにかしらあるだろうと目論んではみたが当たっていた。
まるで宝探しのようなそれに、ものすごく達成感をかんじてそのままほうばった。
「・・・あまくない。」
それをほうばった瞬間に、おそらく襲ってくるだろうとおもっていた甘味はすくなかった。
陸遜は甘いお茶菓子があまり得意ではなかったため、彼の女官が糖度低めで作ったのだろう。
なんだか見つけた宝箱をあけたら「はずれ」と書かれていた気分で思わずひとこと呟いた。
「役立たずのちび軍師め」
「呼びました?」
かかるはずのなかった声が背後から聞こえたが、それは今もっとも聞きたくない声で。
は一気に顔面が蒼白になっていくのを感じた。
勝手に盗み食いをした挙句「ちび軍師」だ「役立たず」だとぼやいたのはこちらだ。
「おや、まだ書簡残ってるじゃないですか」
はぁと溜息をはいた陸遜に怯えつつも、どういいわけをしていかにこの場を改善しようかと考えていたところで気づいた。
そもそもは陸遜が押し付けてきたのが原因だったような。
そう言おうと口をひらいた瞬間、彼がとどめをさした。
「それすごく手間のかかるお茶菓子なんですよね、しかも最後のひとつだったのに」
「すぐ終わらせますので」
書簡に手を伸ばして焦るように作業をはじめたをみて、陸遜はくすくすと笑みながら椅子をひいて自身も作業を始める。
本来ならば御相子となりそうだけれど、なんだかそうもいかなかった。
そんなにこの茶菓子に執着をしていないこともわかってはいたけれど、ここで口答えをして明日もおしつけられたらたまらない。
「明日は私も鍛錬に参加する予定です」
不吉な予告をされた気がしたが、今はなにも考えないことにした。
考えるだけ無駄ということを彼と出会ってかなり学んだから。
それから数時間が経っただろうか、すっかり夜も更けた頃そこへ微かな足音が聞こえた。
目の前の陸遜に視線を向けると、面倒臭そうな顔をこちらへ向けてくる。
それは蜀へとやってきてから度々よこされる夜半の婦人だそうで、は今出て行って鉢合わせするのも気まずいなと思いながら身動きがとれないでいた。
私どうすればいいの、と視線だけで陸遜をみやれば肩をすくめるだけで指示は飛ばない。
よし、完全シカトしてやろうと決め込んだ。結構ありえない選択だとは思うが、もうどうしようもないので書簡をひらすら処理していた。
とんとん、と扉をたたく音。
「よろしいですか?」
心なしか喜の声音が感じられて眉をひそめる。誰もが頬を染める殿方との夜というのはそんなにも嬉しいものなのだろうか。
差し向けられているだけだというのは扉の向こうの彼女もわかっているだろうに。
女というのはひどく単純だなと思うと同時に少し嘲けてしまった。
「ご遠慮願えませんか?」
まさかをここに置いたまま他の女を抱くということはないだろうとは思っていたが、断るとまでは思っていなかった。
彼は今まで毎晩どうしていたのだろうか?
「しかし、私どももお上の命令故に下がれません」
何が命令だ何が。嬉しそうな声でいいやがって。
思わず毒づきそうになった言葉を飲み込んで様子を伺った。
「私も蜀の方々の厚意を無碍にしたくはありませんが」
「では、」
そこまで言った所で扉が開かれる。女は私を見て驚いた表情を見せていたのだろう、気配でなんとなくわかった。
私は扉が開く瞬間に書簡に顔を向けて「関わるな」オーラを全開に出してはいたけれど、書簡に集中はさすがにできない。
陸遜の表情だけは唯一うかがい知れなかったが、彼は誰もが魅了される笑顔でもうかべているのだろう。
「そちらは、」
「私の副将です、お気になさらず」
言っておくが、副将になったつもりもないし、勝手におっぱじめられてもこちらが気にする。
視線は合わせないが無言でそう陸遜を圧迫する。
「では」
ぱさ、と布が床に落ちたのだろう信じられない音が聞こえた。
反動で視線を上げると一糸纏わぬ女がそこに立っていて、陸遜は陸遜で寝台へと歩いていく。
なんだか金槌かなにかで頭を強打されたような痛みさえ感じそうだ、思わず頭をおさえた。
あまり動揺してもきっと後々「生娘ですか」と笑われそうなので飛び出すこともできない。
・・・どうしろっていうんだ。
そんな思考をめぐらせている間に彼らは寝台についたのだろう、ギシと軋む音がきこえた。
とりあえず出よう。
なんだか一生呪われそうな気がして速やかに退室すべく立ち上がる。
陸遜からなにか嫌味のひとつでも言われる覚悟をしていたは、思わぬ人物の思わぬ言葉に絶句する。
「あら、出て行かれるのですか?」
それは陸遜ではなく女が発した言葉。思考回路が一瞬本気で停止した。
だから思わず飛んだ言葉を返してしまったのかもしれない。
「見てほしいんですか?」
「いえ、そうではなくてお仕事中の邪魔をしてしまったかと」
もっと早く気づけ。そう思ってしまった私は間違っていますか。
「お気になさらずに続けてください」
彼女は私を挑発しているのだろうか、そうだとしかおもえないしそうでないのならば筋金入りの馬鹿か痴女だ。
友人知人の情事ほど目撃したくないものはないだろう。
はどうしたものかと米神を押さえて口を開きかけては閉じている。
そんなを面白そうに観察する陸遜と、そうする間にも彼に跨る女。
「お気になさらずといわれても、馬に蹴られる前に退出させていただきます」
「あら、馬なんていないわ?」
「そうですね、馬なんていませんね、そうですよね」
「お気になさらず陸遜殿のお仕事を終わらせて差し上げて?」
苛々のボルテージが確実に上昇しているのを必死に冷却しようと頭を軽く振る。
ダメだ、馬鹿とまともにやりあってもいけない。
「陸遜殿の庶務は私室に持ち帰るので心配はご無用です、しっかり終わらせておきますので」
「あら、でも本当に貴女が終わらせられるかもわからないし陸遜殿の執務を疎かにされては困りますわ」
「その程度の信用ならば端から私にこの執務をやらせないのではないのですか」
「面倒だからやらせたのですわ、雑用係に」
何かが切れる音がきこえた。
「そうですね、雑用係なので雑用ばかりで忙しい日々ですよ、貴女みたいに男に跨る仕事はさぞ楽そうですね」
「あら、陸遜殿と床を共にできないという嫉みですか?」
どこをどうとったらそうなるんだ。
はぁ、と溜息を吐きつつ面倒なので陸遜に視線をよこすが不適な笑みを浮かべるだけ。すごく、楽しそう・・・。
「貴女のような方では満足できないから私のようなものが呼ばれるのですわ」
「呼んだの陸遜?」
「呼んだ覚えはありませんよ」
「何はともあれ貴女ではこなせないから私が必要なんでしょう?上官の下の世話もできない女武将なんて全くの役立たずだわ?」
何故自分は膨大な執務を押し付けられ、その上娼婦に愚弄されないといけないのか全くもって理解できない。
理解したいとも思わない。ここまで言われておとなしくはいはいとかわせるほど大人ではなかったらしい。
「世話すればいいわけ?」
「でも貴女のような方では陸遜殿は満足しませんわ、生娘でしょう?」
「生娘なんですか?」
「違うわよ。嗚呼もうあんたと話してたら馬鹿が移る、この女しか売り物のない能無しが。」
「女を売れるということは女性として素晴らしいことですわ」
「ええそうですね、でもそれしかない能無しですよね。貴女には執務も武もない。」
「そんなもの無くても、女であれば守って頂けますもの」
「あんたあたしを誰だかわかってんの」
言ってはいけない、そして最も言いたくない一言を吐いた。
「知りませんわ貴女のような名も知れぬ方、ちょっと美しいからって陸遜殿に守っていただいて生き延びているのでしょう?」
「守ってもらった覚えはないわーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
ガッシャーーーーーーンと盛大な音を立てて机をひっくり返す。
そしてそのまま女に詰め寄り「あんたをここに差し向けた奴はだれ」と聞くが「それは教えられませんわ」とあっさりそっぽを向かれた。
というか聞かなくても大体解かっている、容疑者は三名。
まさか趙雲が差し向けるとは思えないし、星彩、関平、関羽、劉備、月英は白だろう。魏延もまずない。
そしてホウ統や黄忠も恐らく白。残るは・・・、馬超か諸葛亮か張飛。
恐らく八割諸葛亮が面白おかしく派遣したのだろうということがわかる、だってこんなにも馬鹿な女だ。
私がここにいるのも知っているはずだし、余興のつもりで差し向けたのだろうが、相当な嫌がらせでしかない。
「おのれ、諸葛亮」
ぼそりと闇に消えそうな声で呟いたは陸遜を見る。
「火計だ火計、諸葛亮邸に火計しにいきます。」
確信犯だろうきっと、今頃部屋でくつくつと笑って居そうだ。全く持って許せないというか許すつもりなどない。
火計だ火計だと騒ぎながら諸葛亮邸に向かおうとしたを陸遜が静止する。
そして女に「立て込んでいますので今日は帰っていただいてよろしいですか?」と言うと、少々渋りながらも女は下がっていった。
「諸葛亮先生ではないですよ」
あの女が下がってから陸遜がそう発する。なら誰だというのか?と問い返せば「そこまではわかりませんがおそらくもう少し下の立場の方でしょう」と。
陸遜はこうなることまでわかっていた、それをあえて招いて女を退出させたにすぎなかった。
要は彼女の性格を利用してに逆上させて追い返すという『自分は至って好印象』な断り方をしたまで。
「滅ぼしていいですか」
それに気づかされた彼女はそう漏らしたのであった、もちろん陸遜に。
アトガキ
甘いことにはまだしたくない。というかどうしてもギャグにまわしたい。
けど長い連載にしたい。欲望満載。