「いったぁーい…あ、ごめんなさい。」
「いや、こちらこそすみま…」
ああ、今日もまたひとりこの地球上に被害者が生まれた。

セントラルのマドンナと呼ばれる女が居る、その名も・。
容姿端麗、文武両道、愛嬌満載、趣味は甘えること、特技、上目遣い。
「リザ、おはよー。今日も綺麗ね。」
だが彼女の本当の顔を知るものは、残念ながら私しかいない。
こんなにも腹黒くて極悪な女を、私は過去に見たことがない。
「あら、ありがとうございます中佐。でも中佐には負けますよ。」
「中佐は今日も可愛いなぁ…」
「今日は一緒にご飯食べましょうね」
お前達、騙されているぞ。
そう言えば私はその瞬間吊るし上げられてしまうのだろう、怖くてそんな言葉は死んでも言えない。
というか死ぬ直前の瀬戸際あたりで甚振られてしまいそうで、本気で怖い。
「残念だけど、お昼ご飯はさっき通りでぶつかってしまった男性からお詫びにと、誘われちゃって…」
「中佐またですかぁ、本当にそそっかしくて目が離せませんね。」
「そこが可愛いんですけどね。」
だからお前ら、騙されてるぞ。
「大佐も、おはようございます。」
何てタイミングだ本当に。
くるりと振り返ったの顔は、可愛らしい声音と相反してシレっとした表情しか作り上げていない。
バレてしまった人間にはとことん腹黒さを露呈してくる人間らしい。
末恐ろしい。
「ああ、おはよう。」
なるべく引きつらないように笑みを浮かべて挨拶をする。
それを横目でちらりと確認すると、再び笑みを作っては彼らの方へと向き直った。
「今日もお仕事がんばらなきゃっ」
首を少しかたむけて、可愛らしく「ねっ」と言って見せるに面々は惚けているだけで。
そんな懸命そうに見える彼女の仕事を少しでも減らしてあげようと、皆はこぞってから仕事を譲り受ける。
だから・・・騙されているぞ。
本日何度目になるかわからないそんな科白が口から漏れることは、きっと一生ないだろう。
「やってらんないわよ、なんであんな貧乏人とご飯なんてしなきゃいけないわけ」
午前の職務を終えて昼食へと出かけたは戻ってきて早々ロイと共用している司令室で愚痴をもらす。
愚痴というよりも寧ろ悪口なそれに、ロイは「これが彼女の本性だ」と誰もに言って回りたい。
が、そんなことをした日には明日を迎えることなく昇天してしまいそうな気がした。
「なら私とディナーでもするか?」
「お金はあっても無能なロイには微塵も興味がわかないのよね。」
いつもと同じ科白を、いつもと同じ表情でしれっと言ってのける。
いつか盗撮してやろうと、真剣にそう思った。
「それに今日は合コンなの、お城を持ってるって言ってたから、楽しみ。」
「最低だな。」
「あらぁ、女ったらしのロイには言われたくないわ。」
そっくりそのまま返してやりたい。
男ったらしのには言われたくないと。
「愛だの恋だの、くっだらない。」
地位と名誉と権力、そしてお金よと。
満面の笑みでそう言われた日には私はなんと返せばいい。
「地位も名誉も権力もお金も、私は持ち合わせているつもりだが?」
「何いってんの?上には上がいるのよ?向上心がなくてどうするの。」
もっと違うところに向上心とやらを持っていく気はないのだろうか。
ロイはひとつ溜息をついた。
彼は知らない、そんな姿を横目でちらりと確認しているの姿を。
「何、辛気臭いじゃない。ロイも合コンしたいの?」
「生憎と私は残業確定なのだよ、誰かのせいで…」
「ふーん。」
お仕事頑張るぞと意気込んでいた彼女の仕事は、周りが点数稼ぎのようにこぞって奪っていった。
そしていつものように皺寄せは何故かロイにも回ってくるのだ。
たまったもんじゃない。
彼は知らない、そんな姿を横目でちらりと確認しているの姿を。
「三時から軍議だ、それまでに三分の一くらいは終わらせたいんだよ。静かにしてくれ。」
「ヤダ。」
「・・・。」
「ヤーダ。」
「・・・・・・。」
「そんなこと言ってたら、どうなるかわかってんの?ねぇ、ロイ?」
怒っていたのはこっちの筈なのに、気づけば笑いながらくるりと椅子を回転させてこちらを見ている。
目が、その目が全く笑っていない。
嗚呼、私は地雷を踏んでしまったらしい。
彼女の地雷は全く予想もしない場所に埋まっていたりするもんだから、正直困る。
そんなことを考えている間にも、はその細くて白い脚を見せ付けるように脚を組んで見せた。
どうして佐官以上は制服が二通り用意されているのか、そしてどうして彼女はミニスカをわざわざ選んでいるのか。
「わかった、わかったから、あんまり挑発するな。」
「わかればよろしい。」
見えそうで見えないそんなぎりぎりのラインをまるで楽しむように晒してくる。
性格はさておき、彼女は絶世の美女であるということは認めている。
男の性ってもんがあるだろう、これだから困るんだ。
「なーんて、言うとでも思った?ねぇ、ロイ?」
ヒールをかつりと一度鳴らしたのを皮切に、リズムよくこちらへと方向転換をして歩み寄ってくる。
ああ、今日もまた負けている。
私の完敗だ。
「こっち、向いて。」
せめてもの抵抗といわんばかりに、書類に目線を合わせて顔をあげずにいたけれど。
それさえも許してはもらえないらしい。
ゆっくりと顔をあげると、満面の笑みでマジックを握ったと目があった。
うわー、嫌な予感ばりばり。
「じっとしててね。じっとしてないと、悪戯しちゃうよ。」
首に噛み付いたり、舐め挙げたり、何度そんな被害にあったことか。
その度理性を叩き起こして自分を制止した。
何度も言うけれど、中身はさておき絶世の美女でプロポーションも抜群なのだ。
しかし神様は人類に万物は与えないらしい、性格は最悪だ。
「ふふっ、よしよし、いい感じ。」
黙ってされるがままになっているが、彼女はロイの顔面にキュッと言う音を立てながら落書きをしている。
両頬になにやら書き上げた後、額のど真ん中に6画くらいの簡単な文字を書いていた。
満足げに仁王立ちをするは、そのまま扉を指差した。
さぁ、出て行けといわんばかりのそれは、間違いなくそういう意味なのだろう。
「ロイ?言うこと聞けないの?」
「…お前は、とことん性格が歪んでいるな。」
「あら、こんなにも素直な人間がいるかしら。従順じゃない?」
何を言っても無駄なのだろう、ロイは諦めたように椅子から立ち上がる。
そして扉へと向かった。
左の頬に「わたしは」右の頬に「変態です」
そして額には「エロス」の三文字。
そんな上司が突然扉から出てくれば、噴出さずにはいられないだろう。
「た、大佐…?」
「だっははははは、なんスかそれ。」
「・・・・ふっ」
「アハハハハハ」
「笑うな」
後ろから続くようにして出てきたは、右手にマジックを握っている。
そして先ほどとは全く違うかわいらしい笑みを浮かべて、えへへと笑っていた。
「どうしたんですか?」
一番に冷静さを取り戻しつつあった中尉がそう聞くけれど、目尻には涙。
いつもながらとんでもない事をするなと、そう思った。
「大佐がお仕事中だっていうのに居眠りしちゃってたから、オシオキしてあげたのー」
寝てない、まて、寝ていない。
途端に非難の視線は一斉にこちらへと向かってくる。
こんなにもうそつきで極悪な性格をしているというのに、私のほうが信用がないというのは正直痛い。
いつか絶対に復讐してやる、そう決めた。
「それは大佐がいけませんね」
「中佐が一生懸命仕事してる横で寝てたんなら、仕方ないっすよ。」
「中佐は頑張っていたんですもんね。」
待て、まてまてまて。
何もしていない俺が全面的に悪者か?
言葉にできない自分がひどく弱者だと感じた。
だって、振り返ったの瞳は全く笑ってなどいなかったから。
「んー、でも私もやりすぎちゃったかなって思うの、ごめんなさい」
顔だけこちらへ向けたは、全く悪びれてもいない表情で声音だけとても申し訳なさそうにそう言った。
とことんだな、とことんお前は最悪だな。
「大佐、お顔を洗っていらしては?あと三十分で軍議が始まりますよ。」
中尉の言葉に苦笑して洗面台へと向かおうとして、はっとした。
彼女の持っていたマジックの『油性』の文字が視界の隅にはいったから。
・・・わざとだな。
諦めたように溜息を吐きながら、部屋をあとにした。
彼は知らない、そんな姿を横目でちらりと確認しているの姿を。
「さて、私も軍議の仕度しなきゃ。今日もあとちょっとだ、頑張るぞー」
えいえいおーと、全く思ってもいないやる気を見せていると、周りが「えらいですね中佐」と褒めてくれた。
そんな自分に内心少し苦笑したことなど、誰も知らない。
ロイに仕事を押し付けるのは、早く終わってデートに行かれるのが嫌だから。
ロイの誘いに一度も乗らないのは、他の女と一緒にされるのがゴメンだから。
ロイの目の前で合コンやデートの話を平然とするのは、嫉妬してほしいから。
ロイを罵倒するのは、多分、好きだから。
ロイは知らない、そんなの気持ちなど。
〜余談〜
「額にうっすらエロスと浮き出ておりますぞ。」
「うるさい。」
「ぬ。さては殿にやられましたな。」
「そうだが。」
真剣な軍議の真っ只中、誰も会議に集中などできていない。
誰もがロイの額に夢中だった。
うっすらと「私は変態です、エロス」と書かれたその顔面に、大総統でさえ釘付けだ。
皆が影でうぷぷと笑っているのがどうやっても視界の隅に入る。
もっと素直になればいいのに、アームストロングはをちらりと見遣った。
の気持ちに気づかない人間もまた、ロイだけだった。
彼と彼女の攻防戦。続く。
アトガキ
結構無茶やりはじめましたが、よろしければ感想お待ちしております。