愛してると何度ささやいても届かない、もう君は私のもとから旅立ってしまったから。


 

人を愛するということを教えてくれた君に、ありがとう。


 

君を愛せて、私は幸せだったよ。そして今も君を、愛してる......

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

バタバタと騒々しい足音が、先月まで静かだったこの部屋へと響き渡る。

ザワザワと人の語らい声が、先月までもっとこじんまりとしたものだった。

 

彼女は突然の異動でやってきた。

3,2,1...ほら、この執務室に間の抜けたような声が響く時間だ。

 

 

「っはよーございまぁす。」

、もっとドアは静かに開けなさい。」

 

勢い余ってドアは跳ね返り、行き場を失った子供のようにキィと静かに音を立てて止まる。

ホークアイはこの歩く能天気娘にまるで我が子へ言い聞かせるようにそう言った。

 

「いえす、マム。」

 

気の抜けるような暢気な返事とは反して敬礼は綺麗に決めるに、自然と笑いが起きる。

彼女は実に不思議な雰囲気をもった女だった。

いや、女と呼ぶにはまだ早そうな、小娘である。

 

「おはよう、ロイ。」

、ここではお前より上官だ。呼び捨てるな。」

 

むっとした表情を一瞬浮かべたは、どこか悪いことでも思いついたかのような笑みを浮かべてこう言った。

 

「・・・そんなにお兄ちゃんって呼んで欲しいの?」

「馬鹿者、黙って仕事を始めろ仕事を。」

「大佐、お言葉ですが貴方の仕事は昨日から片付いておりません。自分の仕事をしてください。」

「アハハ、言われてやんの。」

は一昨日からの仕事が溜まってっだろ…。」

 

すかさずハボックが呆れたような声音で茶々をいれたへ向かい叱責。

途端にシュンと小さくなるのそのギャップがまるで子供のようだから、またひとつ笑いが起こった。

 

各々仕事を片付けるために動き始めたそののんびりとした朝は長く続かない。

突如鳴り響いた電話の音に、何だか不吉な予感がした一同は同時に顔を上げるに至った。

電話をとったロイの眉間に嫌そうな皺が寄せられていくのは、きっとその予感が的中しているのだろう。

 

 

「第五番街の倉庫付近で中規模な暴動だ。」

 

ガチャリと電話を切ったロイが心底嫌そうに言った。

周りを見渡せば、ホルダーに銃をいくつもつめて防弾チョッキを着るホークアイとハボック。

情報を集めるために引き出しから手帳とペンを取り出すファルマン。

ブレダは前線か待機かを伺っている様子で、フュリーに関しては机の下から無線を取り出し軍用回線をリサーチしはじめていた。

 

 

「准尉はホークアイ中尉とハボック少尉は現地へ私と共に。ブレダ少尉とは現地周辺で待機。残りは情報収集。以上」

 

自身もコートを羽織って準備をしながらロイはへとそっと手を差し出した。

2,3度掌を彷徨わせたはロイの腕へとたどり着き、決して乱暴にではなく紳士に、だが俊足に車へと向かう。

ホークアイはそんな二人の後ろに従うように付いて行きつつも、隣に並ぶハボックの咥え煙草を咎めたりしていた。

もちろん、一発の弾丸で。起用に燃えている部分だけをぶっ放して、だ。

 

 

「ロイは昔から心配しすぎなんだよほんと。世話好きのおばちゃんみたい。」

「わざわざ世話をしてやっているんだろう、自覚しろ自覚を。」

 

車のドアを開けてをそっと座席へ誘導する。

一見紳士のようなその態度も、この軍部内にはそぐわない行動。

運転席へと乗り込んだホークアイと、の隣に座るハボックは彼らのそんな言動にはあえて口を挟まない。

 

いや、挟めずにいた。

 

 

ロイとが二人一緒にいると、独特の雰囲気が漂うのだ。

彼らは幼馴染のようなものだという、まるで兄妹のように、まるで家族のように、まるで・・・恋人のように。

言葉にならない雰囲気が、漂っている。

 

 

「ごめんねハボック、後でブレダに連れてきてもらうのが申し訳なくて。」

「大佐ならいいのか?」

 

はっと顔を上げた彼女の表情は、相反して無表情。

きっとこれは困っている顔なのだろう、彼女はその表情と中身がそぐわないことが多々ある。

最近になってそれが何となくだがわかってきた、しかしわかるのと読めるのはまた別で、幼馴染だというロイほど長けていないのが現状だ。

 

「あぁー…、私のお世話係だからねロイは。」

「世話好きのおばさんだからな、私は。」

 

二人の声が重なった、そんなシンクロ現象にももう慣れさえ感じたこの一ヶ月。

言葉ではお互いに文句を言ったりすることは多々あるけれど、ロイは内心とても彼女を気遣っているのがわかるし、

も彼に全霊の信頼を置いているようだった。

 

それは、ただの幼馴染にしてはやや重いとさえ感じるほどの…。

 

 

 

「ついた?」

「ああ、ちょっと待っていろ。応援が必要だったら呼ぶから。」

「じゃ、行ってくるわね。」

「いい子で待ってんだゾ。」

「・・・子供じゃないんだから、もぉ。」

 

ついた?と聞いたのは彼女がただ単純にここがどこであるかわからなかったから。

彼らはの頭を一人ずつぽんとたたいて車から降りた。

それを頭のなかで、1,2,3と数えているのは

 

バタンと閉められ一気に静まった車内でそっと窓に指を這わす。

皆、過保護すぎだとは思った。特にロイは、まるで病人のように私を扱うんだ昔から。

 

 

「知ってるのかな、あたしもう24なんだけど…。」

「だぁー?!!まじでか?」

「ぎゃーーーーーー!!!!何、ハボック居たの?」

 

突然真横から声がしたもんだから、は色気もひったくれもない悲鳴を上げる。

気配を完全に消していたハボックは、先ほど目だけで指示されたと待っていろという秘密任務をまるで忠実な犬のようにこなしていた。

横にいる彼女は気づかない。気配を消しているだけで、気づかないのだ。

 

 

「やめてよね、殺しでもする気?」

「んなことしたら大佐に消炭にされっから。」

「アハハ、ほんとに・・・みんな過保護すぎるよ。・・・っと、ハボック。あたしたちも行ったほうが良さそうだよ。」

 

急に真剣な面持ちでそう言った彼女は瞳を閉じて全身で聴覚を働かせている。

それから数秒して向こうのほうから憲兵が慌てて駆けてきているのを見たハボックは、隣に座る少女の耳に感心した。

コンコンと扉がノックされ、はそっと扉を開ける。

 

 

少佐、ハボック少尉、応援よろしくおねがいしますっ」

 

息を切らせた憲兵の肩口からはドロっとした赤い赤い液体が流れており、はその臭いをかぎとり眉間に皺をよせた。

その仕草を見たハボックは、本当に敏感なんだなとまたひとつ感心をする。

 

「救護班に早く見てもらいな?気をつけてねラキルさん。」

「はっ、ありがとうございます。少佐もお気をつけて!」

 

名も知れぬ憲兵一人一人、彼女は正確に把握しているのだ。

それも雰囲気や匂い、声音だけで覚えているのだろう、またひとつ感心する内容が増えてしまったなとハボックは笑った。

 

 

カツリカツリと歩く彼女の靴には他の女性職員と比べればかなり低いヒール。

軍人だからさ、と彼女は言っていたけれどきっとそれだけではない。

 

「ハボック、私の操縦できる?」

「あー・・・、やってみる。」

「ちょっと、その曖昧な返事怖いんだけど。やめてよね私、まだ死にたくない。」

「俺ぁ大佐ほど有能じゃねーんだよ。」

「ロイは有能なんじゃないよ。ただ感じてるだけ、あたしの存在を。」

 

さらりとそんな科白を恥ずかしげもなく言い切った彼女にハボックは思わず笑ってしまった。

本当に、こいつらはどれだけその絆を見せ付ければすむっていうんだろうか。

 

 

「なんか、恥ずかしいこといっちゃったね。」

「こっちが照れるっつの」

「ロイには黙ってて、嬉しすぎてその場で押し倒されるから。」

「そこまでバカじゃねーだろ大佐も。」

「いや、あれは三回死んでも治らんバカだね。あたしバカ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なー・・・、なんちゃって。」

 

ハボックがあまりの寒さに絶句しているのを悟ったがなんちゃっての一言でごまかしてみてはいるのだけれど誤魔化しきれていない。

アハハハハハハハとふざけながら現場の方向に走っていくを慌てて追いかけたのは、数秒後だった。

本当に、不思議な女だなとハボックは笑った。しかしそれも、悪くない。

 

 

「っだー、そっちじゃない右だ右っ!」

「違うよ、こっちに多分抜け道がある。音が通ってるから。」

 

迷いもなく彼女はそう言った。

だから俺も信じてついていった。

 

たったそれだけのことだけれど、こんなにも従順に彼女の言葉を信じる自分はきっとそれと同じだけの信頼を彼女から受けているからだろう。

普通の人間、いや軍部でも彼女と親しい人間以外は決して信じることなどない。

 

 

 

 

だって彼女は…、

 

 

ドォォォォオオオン

 

 

突如、爆音と粉塵が辺りを突然支配した。

視界は砂埃で遮られてしまった、うかつに動けない。

を守ろうと右手を伸ばしてみたが、真横にいたはずの彼女はどこにも見当たらなかった。

とりあえず、これしか思いつかないなとハボックは溜息を吐く。

 

 

 

「大佐ー、多分そっち行きましたー。」

「じっとしていろ馬鹿者っ!!」

「ぎゃー、怒らないでよ馬鹿っ。」

「・・・三人とも、この粉塵のなか居場所がバレバレよ。」

 

次第にゆっくりとその場の靄が晴れてきて、解かってはいたけれどその暴動の犯人はどこかへ逃げてしまったのだろう。

どこにもその姿は見当たらなかった。

溜息を吐いた面々のなか、だけがどこか神妙な面持ちをしている。

いつのまにかロイの背後を守るように立っていたに少しも驚かないロイは、そんな彼女の表情に着火布を構える。

 

 

 

「北東方向25゜27゜46゜」

は淡々と方角と絶妙な角度を的確に述べ始めた。

そしてロイはそれをまた正確に火花を散らして犯人を隠す資材を燃やしつつ捕獲できる程度のダメージを与える。

 

「南東方向35゜42゜南西方向12゜15゜26゜に2人、58゜」

「何だ、乗ってるな。」

 

ロイがどこか可笑しいようなそんな声音でいいつつ笑いをもらした。

もちろんその右手は絶えず動いているのだが。

 

「北西方向45゜に残りまとめて16名。あとは主犯があそこに、」

 

そう言いながらは軽やかに走り出した、まるで音を紡ぐように、軽やかに。

両手を合わせて振動をつくり、そのまま目の前へ突き出すと大きな資材の背後から大きなうめき声が聞こえた。

そしてパタリという人の倒れる音が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか、時々レベルがかけ離れてる気がしない?」

「俺にとっちゃ中尉の射撃の腕も人間離れしてるんで、どちらかといえばあっちの仲間だと思ってるんスけど。」

 

倒せないレベルの敵ではなかった。

それはホークアイとハボックだけでも、倒せた力量だ。

だが、その戦いの鮮やかさが歴然としていた。

 

無駄というものが何一つない。

 

 

 

「みんな、無事ー?」

 

にっこりと微笑んで、はこちらへと走りよってくる。

その足元には足首くらいまでの木材が落ちていて…、

 

「「「っ!!!!!」」」

 

 

ずしゃぁぁぁぁああ・・・

 

 

 

 

「・・・大丈夫か?」

「ロイのバカっ、お世話係っていったじゃん!」

 

手を差し出したロイの掌をとり、は涙目になりながら遅いわと文句をいいつつ擦りむいた膝をさすった。

そんなの膝にポケットから黒いハンカチを取り出したロイは応急手当をさっと施す。

それでもなお痛い痛いというはドコから見ても軍人には見えない。

駄々をこねる子供みたいだ。

 

 

「後で手当てしてやるからこれで我慢しろ。」

「手当ては中尉にしてもらうからいい。」

「なっ、それは何か?謀反か?」

「謀反だ!」

 

何だかどうでもいいことですごい大事になっている。

 

「だってロイはどさくさにまぎれてあっちこっち触る気でしょ、このド変態が!」

「ドっ・・・」

 

ダメージ過多。

 

「大佐、ほんとにの恋人なんすか?」

「見えないわね。」

 

この二人の関係は公言されていないので、付き合っているのかそうでないのかも定かではない。

本人同士もはっきりとさせたくないのか、曖昧に濁すのだ。

 

それでも二人が一緒にいるのは自然だった、たった一ヶ月しか彼らの一緒にいる場面はみたことがないのだけれど、

それだけでも十分なほど、本当に自然に溶け込んでしまっていた。

 

 

 

、顔汚れてる。」

「どこ?」

 

こけた弾みでロイの資材を燃やした灰が頬についてしまっているは、きょとんと首を傾げた。

自分の顔なんだから、見えないのは当たり前なのだけど、それだけではない。

 

「じっとしてろ。」

 

ロイは頬にそっと指を這わせて灰をよけてやる。

それをくすぐったそうに目を細めて、ありがとうとお礼を言う

 

 

「不便ね、見えないと。」

「お前は随分快適に生活してるほうだろ、私が世話係なわけだし。」

「そうね、・・・そうだといいな。」

 

 

 

 

 

人は彼女をこう呼んだ。親しみと、僅かばかりの偏見を込めて。

 

 

 

―――――― 盲目の錬金術師。

 

 

 

 

それでも懸命に笑って生きる彼女の本当の二つ名は、旋律。

 

 

―――――― 旋律の錬金術師。

 

 

 

 

 

 

 

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